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魔神の見た現(シンのみたうつつ)

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月龍に時間感覚というものはまるで存在していない。夜中でも平気で電話を鳴らす月龍に怒りを募らすこともしばしばあるが、その横暴な性格は決して嫌いではない。いつも三度コールして出なかったら切るように言ってあるのだが、これも彼の意地なのだろう。ひたすら鳴り続ける電話に折れるのはいつだって俺の方だった。もぐったシーツから腕だけを伸ばし、手探りで受話器を引っ張った。喉が渇いていて、はじめの声が掠れる。
「・・・Hello?」
「シン、僕だよ」
月龍に他意はないのだろうが、いつも俺の名を呼んでから自分の名ではなく僕だよという台詞はまるで恋人同士のようなのでこれもまた止めろと言っているのだが、直らない。これは意地というより単なる悪戯心なのだろう。
「こんな夜中に驚いたかい?」
「用件は何だ、」
「まあそう慌てるなよ。ちょっと君の声を聞きたくなっただけなんだから。恋人同士みたいで悪くないだろう?」
「冗談が過ぎるぜ、若様」
俺が鼻で笑うと、酷いな、と月龍は笑った。俺はすっかり月龍の声で目が覚めてしまい、のそのそと体を起こした。手で軽く髪を掻き揚げる。
「ねえ、シン。幸せには上限があるって、知ってたかい?」
うん? よく聞こえなくて、俺が疑問を返しても、月龍は構わず話を続けた。普段彼の話を少しでも聞いていないと怒鳴り散らしてくる若様とは思えない仕業だった。今夜の月龍は可笑しい。
「幸せの数は人それぞれ全部決まっているのに、孤独の数は不思議で、これと言って終わりが存在しないんだ。酷い話だろう。どうやら僕はとうとう最後の幸せも使い切ってしまったらしい。僕はね、いい意味でも、悪い意味でも君に逢えてよかったと思っているよ。そうだね、月並みだけど、愛していたさ」
「月龍?」
「おやすみ、シン。良い夢を。出来れば、君がこの電話に出ないことを望んでいたよ」
「月龍!」
俺の叫びも受け入れず、月龍は一方的に電話を切った。後に残るのは通話終了を知らせる機械音のみだった。どうした、一体、何があった。起きたばかりの頭が急速に回転し始める。まるでこれが最後見たいなお前の言い方、気に入らない。
「愛してるなんて、それ、俺が言う台詞だろうよ・・・」
受話器を放り投げて俺はベッドから抜け出した。適当に置いてある服を着込むと、そのまま俺は思い当たる月龍の家を回り歩くことに決めた。家を出る数秒前に、もう一度電話が掛かってくるとは思わずに。

彼はまさにハイネスだった。魔神が守ってやらなければならぬくらいに。