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Don't Kiss Me

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近づく程に、彼の息がひゅうひゅうと音を立てるのを俺は間近で感じていた。不意にその息がふっとした笑いに変わったので、俺は俯いていた顔をあげた。
「何が可笑しい」
躊躇うように彼は一瞬口を開きかけて、止めた。それでもまだ口元は挑発するような笑みを消しきれていない。彼を掴んでいた手首に、力が籠もる。
「何が可笑しいと聞いたんだ」
ようやく彼は諦めたように口を開いた。
「お前、下手糞だな、」
しかしそれは自分は何も悪くないと言いたげな勝ち誇った表情だった。
「キス」
かっと顔に血が上る。
「円堂、貴様…っ!」
掴んでいた腕ごと全てを床に叩きつけた。思いっきり背中を打った彼が苦痛で顔を歪める。振り上げた左手が彼の頬を狙ったところで、彼は急に切ない顔をした。
「そんなふうにしたところで、お前は俺が手に入ると思うのか?」
完全に切り抜かれた1コマのように俺の体は静止した。ゴーグルをしているのがもどかしい。彼との間には確実に薄壁のようなものが存在していた。
「鬼道、」
彼が俺の振り上げた腕を優しく掴む。
「今度はそのゴーグルを外してから来てくれ」
心の中を読まれたような気がした。彼が分かっていると言いたげな顔をする。
起き上がるのと同時に毒気を抜かれた気分だった。満面の笑みで転がっていたサッカーボールを手にすると、そのまま走り去って行った。はずだった。しかし一度立ち止まって、考えるような仕草をしてから、言った。
「初めから上手い奴なんていないよ」
それが俺と、もう1人、奴を指しているのは明白だった。踵を返して駆け抜けて行く彼を尻目に、俺はめいっぱいに唇を噛み締める。舐めとった唇からは、かすかに甘い、鉄の味がした。
作品名:Don't Kiss Me 作家名:しょうこ