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なくした影のエトセトラ

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後ろから追いかけてきた薄い影が、濃い影にやんわり飲み込まれた。二人乗りの自転車が重なって、ひとつになる。後ろにしがみついたままの栄口が、それにしても親切だよね、と口を開いた。後ろからひっきりなしに車が来るので、俺は栄口の言葉を一言も聞き漏らさないでいられる自信が無かった。親切、なんで! 悲鳴みたいな金切り声を後ろにいる栄口に向かって賢明に投げかける。でもさっきからちっとも自分の言葉が栄口に届いている気がしなくて、気が気じゃなかった。「二人乗りは嫌いじゃなかったの」「大嫌いだよ。今だって警察にみつからないか、ひやひやしてる!」影が様々な濃さで飲み込まれたり吐き出されたりしている。今の俺は影でしか栄口の存在を確認できない。でも、この影が本物だって一体誰が言った? 俺の漕ぐ自転車は角を曲がるたびにきいきい啼いた。うるさいなあ。栄口が俺の背に顔をうずめて眉を顰める。「水谷ってさあ、こんなに優しい人だったっけ」「それってどういう意味だよ」「そういう意味だよ」ちょっと拗ねた俺に栄口は笑った。三つ目の信号が渡りきれずに赤で止まった。ごーっと気持ちの悪い風を捲きたててトラックが擦れ擦れを通り抜けていく。栄口がすっと俺のことを離した。え、っと思ったところで栄口は言った。「あの、ところで俺って今の水谷と何処かで会ったことあるっけ?」悪いけどこんな水谷は一切知らないんだ。この影が本物だって誰が保障してくれる? 偽者だったのは、俺だったらしい、(のか?)聞き返す余裕はなかった。ゆっくりと、また影が伸びて、離されそして結合する。振り返れない俺はただひたすらに信号がゴーサインを出すのを待っていた。