それが俺になるまで
たった一人だった
まっしろな檻の中で
たった一人だった
とても厳重に封印された その檻の中で
一人であると言うことが
独りであるということすら知らないまま
それは たったひとりだった
なんのために生まれたのか
自分とはなんであるのか
それすら 知らなかった
あるいは おぼえていないのか
はじめから あたえられていなかったのか
それは それが なんであるのかを知らなかった
ほんのときおり
かすかに音が聞こえた
どこから聞こえたのか
それは ない耳をかたむけた
しかし 音はすぐに聞こえなくなってしまい
また それはひとりになった
ほんのときおり
つかまれそうな気配を感じた
なにに つかまれそうなのか
それは ない腕でさがした
しかし 気配はすぐになくなってしまい
また それはひとりになった
そんなことを繰り返すうちに
それは ない足を
ない腕でかこんで
ない目を閉じた
こんどは いつ 音が聞こえるだろうか
こんどは いつ 気配を感じるだろうか
それは 待っていた
そのことがなんなのかを知らぬまま
「――たくないッ!」
「しにたくないッ!」
いつからか かすかに聞こえていた音が
はっきりと聞こえだす
「だれかっ たすけて・・・!」
それに向かってなのか
伸ばされた ちいさな手
その手を それはつかんだ
はじめて つかめた 腕
しっかり 聞こえた 音
それは 歓喜した
そのとき まっしろな檻は音もなく崩れてなくなった
はじめて それは 目を開けた
はじめて それは 腕を動かした
はじめて それは 足を動かした
はじめて それは なにかを確認した
目の前で泣く ちいさな なにか
そのなにかが あの音 あの手 なのだと
すぐにそれは気づいた
はじめて 伸ばした腕を
そのなにかは しっかりと にぎりかえした
はじめて それは それではなく
俺になった
それは ひとりだった
なんのためにうまれたのかも知らなかった
自分とはなんであるのかも知らなかった
あるいは おぼえていなかっただけなのか
はじめから なにもなかったのか
それは それが なんであるのかを知らなかった
それは それに俺という自意識を芽生えさせた
そのなにかと ともにあろうと
それだったものは決めた
それは ひとりだった
なにかも ひとりだった
一人なのが
独りであることすら
知らないほどに
ふたりは ひとりだった
つないだ手のあたたかさに
ふたりは そのときはじめて
今まで独りだったことを知った
俺となったそれは
いまも 自分がなんなのかを知らない
あるいは 忘れてしまったのか
それでも それすらどうでもいいと思えるくらい
つながっている手をあたたかいと感じた