ユーモレスク
ちょっと古いカメラを手に入れたんだ 動くとうまく撮れないらしいからね、
じっとしているんだよ
ガチャガチャと耳障りな音を立てて、年代物のカメラが徐々に形になる。俺は、その様子を興味半分、退屈半分、残りは不思議な気持ちで眺めていた。仁がいろいろな趣味を(それこそ本当に!)持っているのは知っていたし、それに付き合うのはオペラや読書などしか娯楽のないこの時代ならではの趣味だと思っていた。
なあ、本当に動いちゃいけねえの?
瀬戸がそう云っていたんだ 多分そうなんだろう
ちぇっ、と小さく愚痴を零せば、反抗しないの、と螺旋回しが飛んできた。慌ててそれを回避。そうしてから日のあたる午後の中庭を眺める。(金持ちの庭が広いってのは、どうしたもんなんだろうねえ)
眼に入り込むのは、広い庭、白いテーブルクロス、赤い本(名前のない物語)
緑の眩しい芝生、それにコントラストを照らす枯れ葉と、枯れ木が何本か。
ぐるりと視界を廻すと、仁が手招きをしているのに気付く。眼は相変わらず俺を捉えてはいなくて、手先ばかりが器用に動かされている。
寝ている姿を撮らせてくれよ
どうして?
人形みたいで儚くていい
ふうん、
(写真なんて撮る奴の考えることはわかんねえ)
(仁だと余計に・・・)
作業にぼっとうしている仁がなんとなく面白くなくて、そのまま俺は芝生に転がり込んだ。芝が、何かを攻め立てるように俺を刺す。
芝が、痛い・・・
我慢しろ なに、小一時間もそうしていれば終わるさ
一時間!!!
旧式だからフィルムの焼付けに時間が掛かるんだ
あ゛あ゛あ゛─────────
あまりの時間の長さといったら! もはやこれは拷問だろう。自由の長さは必ずしも幸福をもたらすとは限らない。俺が静止という恐怖にもんどりうっていると、カメラに覆いかぶさって仁は微かに笑っていた。
さあ、そんな不器用な顔はよせ 少しは笑ってみたらどうだ
笑うったって・・・(不器用な顔は生まれつきだ!)
ようは口角を上げればいいんだ
そういった仁は初めて顔を上げた。そうして仁の新緑の瞳と眼が合って、どうしてこんなにも仁がいとおしいのかふとその瞬間に了解した。
その不安定でどうしようもなく脆いものが、好きなのだ
愛は、同情に似ている
なんだ、そんな笑いも出来るじゃないか
まあたカメラを覗き出した仁にはわからないのだろう(厭きない奴だな本当に!)この瞳の奥の揺らぎが、込み上げて来る熱の正体が。
ストロボは不意に、大きな音を立てた。
(あ、ごめん、そのままでいて、と仁の悪気のない声色)
あの時一瞬にして燃え尽きた
あの光りだけは
目蓋の裏に焼きついて
永遠なんだろう
カメラに残る、張り付いた笑い ───────── ・・・