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なんだって俺がこんなこと

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事務所の一角が湿気と雄の匂いに満ちている。
静雄はいつになくごろごろと気だるげに寝転がっていて、まるで起き上がろうとしない。
握力腕力持久力だけはまぁ、人と違うところのある奴だ。1度イッたくらいで起き上がれないほどに疲弊することはないはずだ。
それなのに、だ。

他の要因といえば、このところ真夏並みの気温だったこと。
そんな中でも一向に少なくならない「払いたくない」が一番の理由で料金を滞納する不心得者。
回収を週末にまとめたくないからと1人でも事務所を出た俺の後を、静雄は等間隔でいつもと同じようについてきた。
俺は自称頭脳派だ。アーケードやビルの影をひょこひょこ潜って体力は温存する。
静雄はそれを直線直角で追ってくる。
信号待ちで横断歩道を挟み離れてしまった時などは思わず吹き出してしまった。
十戒。
ウォルトなんちゃらピクチャーズがやっていた映画でしか見たことがない。
自分が起こした奇跡に気付かず「すんません一瞬はぐれました」なんて馬鹿真面目な顔をして。
あれはベストテンに入る。静雄と出会ってからこっち、覆された常識ベストテン。

連日のこの天気この気温にも関わらず終始そんな調子で付いてくるもんだから、さすがに静雄のバケモノじみた体力をもってしても疲れたか。
いたわってやろうと頬を撫でる。
すると静雄の手が伸びてきて髪がひとふさ引っ張られた。
冷房も窓も開けずにやったせいで皮膚が濡れ、ブラインドから漏れる微かな外の光にも反射してひかる。

「トムさん汗、つたってます此処…」

惚けた顔はそのまま、首につぃと指を滑らせる。

「…えろいス」
「煽ってどうすんだ、そんな眠そうな目ェして」
「何スか眠くない……ぃや、うん。眠いっス」
「だろが。立ってシャワー室行け」

そう言ってやっと、のろのろとではあるが起き上がる。
胡坐をかいて向かい合うと、照れくさそうに頭を掻いた。

「…あー。駄目っス…やっぱなし」

二三度上半身を前後に揺らして、何か考えていたかと思うと急に倒れかかってきた。
ゴツ。
いや違う。
ゴリ。
ものすごく手加減したのだとは思う。思うがこれは一般人の軽い頭突きだ。
所謂、「ああ俺(わたし)の馬鹿野郎」と柱に頭をぶつけるレベルの。
加減しているようで、自分では結構全力でぶつけたつもりになっているレベルの。

「や、そういう甘えた感じ嫌いじゃないけどな。っかしマジに痛ぇ…」
「トムさん…もーここで一緒に寝ちまえば…?」

眠そうな静雄の声は、甘えているようにもごねているようにも聞こえる。
覆いかぶさってちゅ、ちゅ、と首やら耳やら唇やらに口付けてくる。

「寝る前に風呂入りてーとか、ないのお前」

このまま寝るとここの毛張り付いてガビガビになるぞ。
てゆっか汚ねーからせめて熱いタオルで体拭く位はしろ。
都合のいい耳なのか何なのか、静雄の身体衛生への心配文句は「ん」とか「ああ」とか意味を成さない声で軽く受け流された。

「トムさん…俺トムさんに体拭いて貰うの好きです」
「拭かせよーってか」

そうはいかない。

「さわられんの好きです」
「…あ、そ」

触っているうちに煽られて、煽られるだけ煽られて寝落ちだろ。

「手の平とか指とか、トムさんの好きなとこ見れっし…」
「…ふぅん…それで?」

よく見ていると思ったら、なるほどそこが好きなわけか。
だからって褒められてその気になると思うなよ。

「拭いて下さい…」
「何で」
「…さっきの意地悪はそれでチャラにしたげますから」
「……」

ちょっとずる賢くなったんじゃねーの、と思う。
それもこれもこんな大人を尊敬しているからか。

「トムさん、」
「あー…分かった。拭いてやるから。そっち向け」

正直なところ面倒だ。
自分から静雄を、静雄の体をいいように扱いていながらだ。
それでも、甘えられているようでくすぐったいこの面倒さは心地いい。

立ちあがってシャワー室の棚から常備してあるタオルを取り出した。
給湯器が起動するのを待って、ボタンを押す。
熱い湯が染み込んだタオルを絞って、パンと音を立てて一度広げて畳む。
これら動作がいちいち全て、面倒な恋人のためのもの。

何だって俺が、こんなこと…
そう思いながら、正座して待ちかまえている静雄の背中にタオルと指を這わせた。





-完-