豪炎寺さん小噺
毎回この度に誰もいないことにほっとしたり、寂しくなったり、俺は大抵忙しない。今日は久々に夕香に会ってきたばかりなので、なんだか酷く空しく感じた。
脱いだ深緑のブレザーを、椅子に引っかけようとして、やっぱり考え直してきちんとハンガーに通した。皺になると後で周りがいろいろと煩い。
テレビをつけると、ぶうんと低い音がしてけたましい笑い声が流れてきた。何かのバラエティ番組だ。なんとなくその乾いた笑いに日常を感じて安心する。別に見るつもりはないので、チャンネルはそのままにした。
袖をまくって、流しで簡単に手を洗う。
レンジの上に置いてあるフライパンをひょいと掴むと、それをコンロに掛けて火をつけた。その間に、適当に油を敷いて、卵を4つ用意する。温まったところで、それを片手で豪快に投入する。
「あ」
無意識な動作だったので、卵を入れすぎた。こんな量、一体誰が食べると言うのだ。未だに、長らく生活してきた癖が抜けない。自嘲気味に笑うことすら滑稽に思えて、せめて卵を無駄にしないよう、丁寧に焼き上げた。
( お兄ちゃん、なにかあったの? )
夕香の眩しいばかりの笑顔が、俺のために心配そうに眉を寄せる。( なにかあったの? )実際俺にだって何があったのかわかってはいないのだ。夕香の言葉にきちんと答えを示してやれない己が不甲斐無くて仕方がなかった。ただ一つ、俺が今言えることと言えば、確実に俺たちの関係が崩れたと言うことだけだ。
目玉焼きだけでは味気なくて、隣にプチトマトも同じ数だけ添えた。
「あ」
これは夕飯としてではなく、朝飯として食べるものだと今更気がついた。自分一人で食べるのもどうかと思い、携帯電話をポケットから取り出す。初めに円堂に電話をしようとして思い留まった。同様の理由で鬼道もやめる。結局あいうえお順で一番最初に来る一之瀬にダイヤルした。
「…hello?」
「お前、俺だってわかっててそれやるのやめろよ」