Kiss
と言いつつそれなりに片してあるところが本当に期待を裏切らない男だ、と俺はつくづく思うのだがそれは言葉にしなかった。通された部屋で手持無沙汰に立ち尽くしていると、豪炎寺が無言でリビングに乱雑に置かれたクッションを指差した。俺もそれに無言で頷いて座り込む。キッチンから顔を覗かせた豪炎寺が憮然とした顔をする。
「クッションに座ればいいのに…」
「気を遣ったんだよ」
「あ、そ」
「俺紅茶しか飲まないからな」
それには豪炎寺は返事をしなかったが、何やら奥でがたがたと棚を漁る音がしたので紅茶の缶でも探しているのだろう。俺は豪炎寺が普段珈琲派なのを知っている。ちょっとした意地悪だった。
薬缶の沸点がゆっくりだがじわじわと上がっていく音で沈黙は満たされる。
ここは確実に豪炎寺の家で、豪炎寺の部屋だった。
(ここには俺の好きな、)(豪炎寺の匂いが溢れている…)
俺はクッションにそっと手を触れた。まるでそれ自体が息をしているかのような恭しい手つきだ。抱え込んで顔を埋めると、やはり豪炎寺の匂いがする。なんだか笑いだしそうだった。
ピー。
唐突な汽笛音で俺は現実に戻される。ゆっくりと顔を上げると、呆れた顔で仁王立ちしている豪炎寺が目の前にいた。思わず顔が火照る。
「何やってるんだよ、お前」
豪炎寺が目の前のテーブルに置いたのは黒の市松模様のマグカップだった。俺はそれをありがとうと言って受け取る。
「別に、何も」
「そんなことしなくても俺がお前なんていくらでも抱いてやるよ」
「なっ…!」
口をつけようとしていたマグカップを思わず落としそうになって慌ててしっかりと握り直す。豪炎寺の顔を怖々覗くと、自信ありげに挑戦的な笑みを湛えていた。
「コップ、置けよ」
「なんでだよ、…やだよ」
「嫌じゃないくせに」
次の瞬間には豪炎寺の腕の中にいた。豪炎寺の体温がひたすら暖かくて心地が良い。豪炎寺が優しく俺の瞳を覗き込む。
「キスしようぜ」
あまりに直球だったので、俺はあっけにとられた後に噴き出した。
「好きにしろよ」
それでも否定しないのは、(やっぱりお前が好きだから)。