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てのひらの想い

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 『賢者の石』
 それを手に入れることができれば、俺達は元の姿に戻る事ができると信じていた。
 ただ漠然と。
 そんな奇蹟を信じていなければ、かりそめの身を抱えて地に足をつけることさえできなかった。
 
 『絶望』
 それは人を獣にまで貶めるもの。
 母親を生き返らせようとし、出来上がったモノは人ではなかった。
 しかしてそれを母と思うのは自分の罪。
 
 『再生』
 生きることの意味、死への憧れ。
 なくしたものを取り戻す渇望。
 
 そして俺が手に入れたものの先にはいつも・・・










 ━━━━━アンタがいた。
 



 だからどうしても言っておきたかった。
 いつもの天邪鬼さや反骨精神なんてこの際土に埋めて。
 精いっぱいの勇気を振り絞って。


 夕暮れ間近の執務室は苦手なはずの男一人だった。
 後ろに大きくとられた窓ガラスからは西日が差しこみ、黒髪を朱色に染める。 
 「俺が失くしたものを取り戻させてくれてありがとう。」
 俺は、あの時に死んだも同然だったのに。
 片腕と片足を失くし、自力で歩くこともできなかった。
 絶望の淵に座り込み、なかったことにしようとしていた矮小な俺に、怒鳴りつけ蔑み生きる目的と言う、焔をつけた。



 「君の口からそんな言葉が出てくるとは思わなかったよ。」
 雨を降らせて私を憂鬱にさせる気かね?と、目の前の男はいつものように、からかい口調で俺の弱さを和らげる。
 きっと俺の心の機微なんてお見通しなんだろう。
 対峙する瞳に萎縮する。
 「俺だって、感謝ぐらいはするさ。何しろ今の俺があるのはアンタの底意地の悪さのおかげだから。」
 ああ、どうしてこんな言い方しかできないんだ。
 「・・・・素直なのか、そうでないのかどっちかにしてくれないか?対応に困るじゃないか。」
 揶揄を零す口調はあきれが混じる。
 


 
 階級に見合うくらいデスクワークが板についた男は革張りの椅子から腰をあげ、ゆっくりとした動作で近づいてくる。
 「俺は素直に自分の気持ちを伝えてるよ。」 
 逆光で表情は窺い知れないが、気分を悪くしているわけではないらしい。
 「まぁ、確かに。・・では言い直そうか、君に触れたいのを許してくれるか?」
 「・・・・え?」
 耳から入ってくる言葉の意味を咀嚼するのに時間がかかった。
 なおもわけのわからない男の言葉は続いた。
 「私も君にありがとうを言いたい。」




 罪を贖った君を尊敬する。
 私には到底まだ無理そうだから。



 どうしてそんなことを?
 「大佐・・・・。」
 もっとわかりやすく説明してほしいと言い募る前に言葉が続けられる。
 「普段の君は所かまわず威嚇してまわる子猫のように、他人に触れられるのを嫌っていたね。」
 穢れた自分に触れないように牽制して。
 「あの『鋼』は罪そのものだったから。」
 「それも君の一部だろうに。」
 さらりと告げられる言葉に全身を熱くさせられるなんて反則だよ、アンタ。
 「━━━っ・・・」
 だから、苦手だったんだ。
 こんな一言で・・。



 「だが、君にはどうしても元の身体を取り戻して欲しかったんだ。」
 声のトーンが少し落ちただろうか?
 「何で?」
 「個人的な感傷さ。」
 肩をすくめておどける姿は見慣れたものであったけれど、その背後にあるものがどれ程のものか察することしかできない。 
 「大佐も・・・・」
 罪を償いたかった?
 殺戮兵器としての過去の自分を。
 「そんな表情をするものじゃないよ。私はまだこのままでいい。」
 「なんで?」
 当然の疑問だ。
 たずねても明確な答えは教えてくれるつもりはないのか、無骨な腕からは想像も付かないくらい優しげに右腕をとられた。
  




 そしてゆっくりとてのひらに熱い唇が重ねられる。
 それは官能を誘うだとかそういうものではなく。
 とても神聖な儀式のようで、思わず振りはらうのを忘れてしまった。


 
 「この先の未来を約束するよ。君が二度とこの腕をなくさないように。」
 「・・大佐?」
 「ありがとう、君の存在が私の希望だ。」
 人は望めば叶わぬことなんてないんだと。




 失くして手に入れたものは、希望、未来、そして・・・・。   




              ━━━てのひらの想い━━━

 


作品名:てのひらの想い 作家名:藤重