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世界でいちばん不運で幸せなごはんをたべよう*新刊サンプル

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0627 COMIC CITY124東京で発刊 本文サンプルです
0630 自サイトで自家通販開始





「ねえ佐藤くん」
「なんだよ」
「いまって、暦的には、夏だよね?」
「ああ」
「・・・なんで、鍋なのかな?」


迎えに来てくれた、佐藤の車にのって、彼のおうちについたら、なんだか雨と、それから冬の匂いがしたのは、気のせいじゃなかったらしい。
佐藤くんの家は、大学生の一人暮らしらしい、10畳ほどあるワンルームで、ベッド、パソコンデスク、本棚が三方のかべにそっておかれていて、そして部屋の真ん中に、冬はこたつになるんだろう、つくえがおいてあるのだけど、そこの上には、ひとつ、鍋があった。透明の蓋から透かしてみるに、中身は赤いので、おそらくキムチ鍋だ。え、いま、夏だよね?しかも冷房をきかせた部屋ならともかくとして、この部屋網戸になってるだけで、ぜんぜん涼しくないよね!雨の夜の、独特の熱気が部屋をつつんでいる。

「キッチン漁ってたら、買いだめしてたキムチ鍋の元がでてきたから」
「それで?」
「もったいねぇだろ、捨てんのも」
「や、そりゃ、そうだけど」

それはそうだけど。その食べ物を無駄にしない精神はとてもすばらしいとおもうけど。佐藤くんのつくるものは、ほんとうはなんでもおいしいから、たぶん市販のキムチ鍋の素だとしても、すごくおいしいとはおもう。だけども。根本的なことが違う気がする。主に、季節感とか。そりゃあフレンチがたべたいとか、そんなばかみたいな贅沢は、ちっとものぞんではいないけど。

「暑いよね」
「まあな」
「・・・冷房」
「俺は暑くないし」
「佐藤くんは食べないの?」
「俺はさっき素麺つくって食った」
「ええええ?!なんでおれもそれにしてくれないの?!」
「一把しかなかったんだよ、麺が」

えええ・・・えええ・・・そう、わがままはいわないけど、でも、正直この季節に食べるものの選択としては、冷麺がいいよ俺。だけど、せっかく佐藤くんが準備してくれたものだし、おれは座布団の上に、座る。佐藤くんは、キッチンに戻って、冷蔵庫の中をあさっていた。
お鍋はホットプレートの上におかれていて、蓋には、水蒸気の水滴がぷつぷつついていた。お腹は、すごくすいていたから、欲求というものは素直なもんで、ごはんを前にすると、たとえそれが、季節的にどうもそぐわないものでも、胃は収縮をはじめて、ぐううとなる。だってそういや、カロリーメイトしか、今日食べてないし。朝は、ただ単に寝坊をしたのだ。お鍋のふたをとったら、もわっと白い熱がこもった湯気が顔にかかった。キムチのにおいがする。お箸で、とりあえず、豚肉をつかんで、二回ほどふうふうしてから、口にいれた。あつくて、うまく咀嚼できなかったけど、それでもキムチの辛さと、豚肉のやわらかさが、うまく口のなかにひろがって、それは季節にかかわらず、おいしかった。
台所にいっていた、佐藤くんは、麦茶をもってかえってきて、おれの前に座る。

「おいひいよ、佐藤くん、あついけど」
「そうか」

佐藤くんが差し出してきた、麦茶をぐっと飲む。つめたい。白菜と、もやしと、お肉とを、お箸でつかんで、取り皿にいれる。あついけど、やっぱりそれは、箸がとまらないくらい、魅力的な味をしていて、おれは夢中になって食べつづけた。そういえば、野菜もお肉も、食べるの、久しぶりな気がする。最近カロリーメイトか、ヨーグルトか、チョコレートかで、ごはんを終わらせてたしなあ。疲れて帰ったら、もう家でもご飯をつくる元気がなくて、まずいカップ麺でおわらせたることも、しばしばだし。
佐藤くんは、黙って、ただ食べるおれをみていた。

「?佐藤くん?」
「なに」
「いや、なに、どしたの、黙って」
「・・・料理つくる人間って、けっこう食べることも好きなもんだけど、おまえは食にあんま、興味ねぇよな」
「え、そうかなあ」

おれは、おいしいものを食べるのは好きだし、興味ないわけじゃないんだけど、ただ、最近はなんだか、上手に時間がやりくりできなかっただけで。でもそこで、カロリーメイトを選択しちゃうのが、興味ないって、ことなのかなあ。白菜を口にいれる。・・・白菜とかいつぶりに食べたかな。
食材が余っているときは、佐藤くんがまかないをよくつくってくれるけど、そういえば、最近、シフトがあわなかったから、食べてなかったなあ。そうか、最近おれが、ちゃんとごはんを食べていないのは、佐藤くんと一緒の時間に、働いていないからだ。佐藤くんは、ズボンのポケットから、煙草をとりだして、火をつけた。

「おれさぁ」
「ん?」
「たぶん、佐藤くんのご飯にしか、基本的に興味ないんだとおもう」

そう言ったら、佐藤くんは思い切りむせた。

「えっえっえっ、佐藤くん?!!」
「おま、っ、な、!」
「だ、だいじょうぶ・・・?!」

佐藤くんは、何度か喉をならして、思い切りせきこんだあと、赤い顔をして、こっちを睨んできた。えええなんか悪いこと言ったかな!

「・・・っ、相馬」
「な、なに?」
「あほだろ、お前・・・」

佐藤くんの顔は、多分、キムチ鍋を食べているおれより、赤くって、熱くなっている。佐藤くんはその顔を、隠すように自分の片手で覆って、呆れたような溜息をついた。
さっきのは、本当に、本心だ。有名な一流シェフがつくったごはんより、おれは佐藤くんの、ごはんが食べたいし、それに、そっちのほうが、おいしいとおもうんだ。それは、たくさんの、気持ちの補正がはいるからだ。どんな贅沢なごはんだって、この感情のもとには、まったくなんの、意味にもならない。

「佐藤くん」
「なに」
「佐藤くん、すきだよ」

佐藤くんは、黙って、つくえの上にあった灰皿に、煙草をおしつけて火を消した。そうして立ちあがって、そのまま、俺のよこを歩いて、ベランダの窓をしめてから、ベッドの上にころがしていたエアコンのリモコンをとって、電源ボタンをおした。静かだったエアコンが音をたてて起動した。