Memory.
好きと云う気持ちだけでは如何にも為らない事も確かに有ったのだ
私に残されていた選択肢はとてもじゃ無いが選べる程に用意はされていなくて
仕方無いと諦めて甘受すれば目下に迫るのは絶望と死別であった
夢に見る程
貴方を想っていた
【Memory.】
貴方と言う人間を彷彿とさせるものもしくは貴方を模したものや貴方自身等。
総てが此の世から消え失せてしまう事を切に願った。
黒い服も白い身体も金色の髪の毛一本だって私の側にあってはならない。
私を取り巻くものは白一色であって、彼以外の総てであれば良い。
彼の存在を証明する何もかもを私の元から消し去って欲しかったのに。
気紛れな彼は一度だけ私に逢いに来た。
写真を返せと言うのだ。
私はそんな写真の存在さえ記憶から抹消していたと言うのに。
何故か良く解らないが其の写真はすぐに見付かった。
写真を見て私は泣いた。
彼が訪れて、ほんの少しだけ憎しみを露にされてほんの少しだけ想いを告げてほんの少しだけ私達は会話をしてほんの少しだけ同じ時と場を共有した。
彼は何の未練も無いと言うように颯爽と私の元から去っていく。
心地よい足音だけを背中に受けて、私の視線は玩具など見ては居なかった。
其の夜私はまた泣いた。
昔から、彼を思い出すと涙が出た。
彼の物、彼の色、彼の存在、彼の声、彼の匂い、
彼にまつわる大小に関わらず何かしらが私の記憶を揺さぶると、私は心臓を痛めて泣いてしまうのだ。
何故なのかの答えを出す事が怖いと思っていて、私は総て忘れて隠す事で私を守った。
そうだ、其れでしか自分を守る事などできなくて。
守ると称して貴方から逃げ続ける私は未だに強くなれない。
メロが死んだと知った時。
心臓の辺りが潰れてしまうんじゃないだろうかと言う程の痛みで私は泣いた。
暫くするとまた私は彼の事を忘れて日常を取り戻した。
あの感情を悲しみとも知らぬ私にとって忘れ去るべき記憶だったのだ。
思い出そうにも思い出せない位、彼はぼんやりとしていた。
私のまわりに彼を彷彿とさせるものが無いからだ。
私は其れで良いと思った。
一日一日が平和だと思う。
事件が無い日や依頼が来ない日は無いが、
私にとって此の心臓を痛め付ける事が無い今は何よりも平和で過ごしやすかった。
「エル、」
ハル=リドナーの呼び掛けに少しだけ視線を動かして彼女を見つめた。
「そろそろだと思うのです」
私が不可解そうな顔をしていたからだろう。
彼女はつらりつらりと言葉を発し続けた。
「エルに…いえ、ニアに」
「私に、」
「貴方に、渡さなければならないものが」
あるんです。
彼女の悲痛そうな顔が何を物語っているのか。
白い白い、真っ白な部屋で私とリドナーはちぐはぐな会話とは到底呼べない会話をしていた。
頭の良い彼女にしてはとりとめも纏まりも脈絡も何も無い会話だった。
何かを焦っているような、心配しているような、罪悪感を隠せないでいるような。
「何でしょう、出来たら簡潔にお願いします」
「貴方に、渡さなければ」
下を向いている彼女の声が震えた。
泣いているのかと少しだけ驚いて見詰めてみるが、彼女は唇を噛み締めて私に真っ白な紙切れを差し出した。
「此れを、貴方に」
「………」
「下がります」
「はい、御苦労様です」
リドナーが部屋を後にしてから、其の紙切れを見詰めてみる。
白い部屋に相まって何処までも白かった。
何故彼女は泣いたのか。
小さく折り畳んである紙切れを少しだけ、ゆっくりと開いていく。
はらりと、震える手から落ちてしまった紙切れを拾って。
私は泣いていた。
貴方という記憶は鮮明すぎて決して消えてくれなかった。
存在を証明する何もかもを私は身の回りから消し去り、やっと日常を取り戻したのだ。
思い出して泣く事が無いように私は貴方を忘れる努力をしていたのに。
貴方はなんて。
なんて大きな存在だったのだろうか。
『
ニア、
愛してる
さよなら
メロ 』
私はまた、一人で泣いた。
もう二度と、貴方を忘れる事など出来ない。
いや実際今まで、忘れた事など片時だって無かったのだと思い知らされて。
貴方を愛して孤独になった人間が居ます。
貴方を想い続けて泣き叫ぶ人間が居ます。
貴方の存在を証明する事を怖れたのです。
貴方の思い出に泣く事に疲れてしまって。
貴方をこんなにも愛していたと言うのに。
貴方が天に召されて私が出来た事は、貴方を愛し続ける事だけなのかと。
貴方に問い掛けて、また泣いた。