問わず語りを致しましょうか
臨也と静雄が恋仲である。それは新羅にしてみれば、悪夢にも等しいことだ。ビジュアル、というそのただ一点に於いてのみ、その恐ろしい想像は許されるのかも知れないが、現実がそれを許さない。
「僕は別に、同性愛にもSMにもDVにも偏見はありません。というか、僕自身に被害が及ばなければ、正直どうでも良いんです。好きなだけ彼らなりのやり方で愛を確かめ合っていれば良いじゃないですか」
新羅にとって、あの二人の天敵とも言うべき関係性は固定されている。そしてそれは、強ち間違ったものでもないのだろう。けれど、視点を変えて見れば迷惑極まりない水と油の攻防も、愛に狂った所業に変えられてしまうらしい。以前門田がそのことについてやけに深刻な雰囲気で嘆いていたが、確かにこれは……恐るべきことだ。
「第三者から見れば、お互いに惹かれ合っていることなんて明白なのに、きっとあの二人は出会った時から続いた関係が今更変えられないだけなんですよ。プライドが高いから、引っ込みがつかなくなってるんです」
それはまた、ノストラダムスの大予言に匹敵するような大それた妄想だね。と新羅が言えなかったのは、語る帝人の顔が茶化すことを許さないほどに真剣なものだったからだ。
「本当に嫌いなら、相手が憎いなら、もっと効率的に消す方法はあるでしょう。でも、それをしない。かといって離れもしない。いつだってギリギリの一線で踏み止まっている。理由なんて分かりきっているのに……そのくせあの人達は不器用だから、言い訳がないとまともに会話することだって出来ないんですよ」
――だから、あんなことが簡単に言えてしまうんです。
消え入るように付け足された、もしかしたら独り言のつもりだったのかも知れないその一言は、それまでの言葉とは何かが違っていた。ひどく小さな声だったのに、そこに込められた感情の激しさは桁違いだったのだ。
「臨也さんも、静雄さんも、僕を馬鹿にしてるんです。どうでもいい存在だからって、あんな……ことっ」
大きな波紋が広がる掛け布団、小刻みに震える頼りない肩。愛しい、なんて感情も、守らなければ、などという感情も湧き上がっては来なかったけれど、今にも泣き出してしまいそうな少年を見て、泣いて欲しくないと思った。少なくとも、あんな彼奴等の為になんかには。
「どんな言葉を向けられたって、どんなに優しくされたって、それは所詮相手の気を惹く為の……いがみ合う為の理由付けだって分かってるんです。上手く相手が釣れれば僕はもう用無しで、視界の隅に入ることだって出来ない」
嗚呼、止めて欲しい。そんなに美しい涙を、流すのは。
「僕は人形じゃないんです。何も感じないわけじゃ、ないのに……」
何故帝人が涙を流す羽目になったのか、その理由を新羅は自分なりに考えてみた。基本的に新羅は他者の気持ちにさしたる興味など抱かないのだが、自分の後輩で愛するセルティの友人が泣いているとあっては、普段は微動だにしない感情も動こうというものだ。
そうして考えてみた結果、帝人の感情の正体は嫉妬ではないかと思い至った。臨也と静雄の間に存在する感情が何であれ、其処に自分が割って入れないことを帝人は無意識の内に知っている。もしかしたらそれは、恋慕の情よりも強いということも。新羅が、セルティの首に対してそう思っているように。
だからこれは、きっと帝人なりの防衛本能というやつで。積み上げなければ崩れることもない想いを、箱に閉まって鍵を掛けて奥深くに沈めているのだ。
愛したい、愛されたい。けれど、傷付きたくない――
初恋は叶わない。昔から言われてきたジンクスは根拠の無い嘘だと、新羅は身を以て証明したけれど。
(まったく、難儀な相手に惚れたものだね、 )
目を覚ますまでの間、帝人が繰り返し呼んでいた同窓を思い浮かべ、新羅は苦笑する。多分この恋は、単純だからこそ一度絡まるととてもややこしい。
まぁ、身から出た錆ってやつだろうさ。昔から君は、肝心な一言が足りないんだから。
作品名:問わず語りを致しましょうか 作家名:yupo