【縛りSSったー】お題3題(ネウヤコ)
○「魔法」「五月晴れ」「先生」に関わる、「縛りなし」のSSを8ツイート以内で書きなさい。
新しい先生はフシギなイントネーションで私の名前を呼ぶ。数学の教師というだけでただでさえ苦手なのに、その日私は放課後の教室で先生と2人きりだった。次の授業で使うプリント類を準備する手伝い。
「カツラギさんは最近テストの成績が非常にいいですね。教える側としては嬉しい限りです」
「はあ。ありがとうございます」
先生の教え方はとても解り易い。事実、私の赤点率は大分減ったと思う。
「ちょっとそこの教科書を取って貰えますか」
数学の教科書を差し出すと、一瞬手が触れそうになって反射的に身を引いてしまった。気まずくて、緩んだ髪留めを留め直すフリをする。先生はそれをじっと眺めている。
「……スイマセン」
「……いえ、いいんですよ」
先生は長身を屈めて教科書を拾い上げる。ページの間から、長く綺麗な黒髪が一本床に落ちた。
束の間の五月晴れの夕方。大分のびた陽の光を受けて、先生の眼鏡越し、緑の眼がとろりと光った。
「さて、お疲れ様でした。家まで送っていきましょう、カツラギさん」
「いえ、今日はちょっと寄る所があるので」
「なるほど、今日は確か若菜がお客様感謝デーなのでしたね。それでは手伝いのお礼に、僕が奢ってあげましょう」
川沿いを何故か先生と2人で歩く。黒手袋をはめた先生の両手には袋いっぱいのたこ焼き。
「すみません、こんなに」
「いいえ。ところでカツラギさん、進路はもう決まりましたか?」
「いいえまだ。両親は好きにしろって言ってくれてますけど」
「そうですか。人には無限の可能性があります。苦手な教科が克服出来るように。僕はそれを非常に好ましく思っています。」
他人事のように先生は言う。
「…しかし、変ですね。カツラギさんの所は確か、お父様が亡くなられたときいていますが」
足が止まる。
先生の口の中にぎざぎざした歯が見えた。
「全身に刃物を刺されて。窓もドアも施錠された部屋の中で」
ぱらぱらぱらと音がする。雨の降る音。潤いを増す空気の中でも私の口は乾いている。
「……どうしました、カツラギさん?濡れますよ、風邪を引かれては困ります。あなたにはまだまだ、やってもらうことが沢山あるのだから」
長い足が間合いを一歩詰める。私は後ずさり、無意識に髪へ手を伸ばした。緩んだ髪留めを留め直す為に。先生はポケットから何かを取り出す。
「あなたの髪留めは、これでしょう?」
黒手袋の上には真っ赤なヘアピン。
「数学の点数は取れるようになっても、中身は相変わらずのようだな。ヤコよ」
雨に泥濘んだ足元に転がっていたのは、ひび割れた、泥の指輪だった。
作品名:【縛りSSったー】お題3題(ネウヤコ) 作家名:砂田 睦月