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0627新刊サンプル【..zip.txt.psd】

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登録している人間の数が少ないから、分ける必要なんてないんすよ、と少しだけ自嘲ぽく笑ったことのある静雄の携帯電話が、デフォルトの着信音以外の音を鳴らすときがごく稀にある。

そのたびに静雄は少しびっくりした顔をして、出ようか出まいか逡巡しながら、それでもその電話をいつだって逃さない。ミレミレミシレドラドミラシミソシド。ミレミレミシレドラ。ドミラシミドシラ。「誰かのために」響く旋律を簡略式に電子化した音を切り、電話をとった静雄の顔は、うれしさと落着きとのさかい目を、まるで「このゲームを買ってあげるけど、テストが終わるまで遊んじゃいけないよ」と言われた小学生のように彷徨っている。ずいぶん昔の型の、メールと電話とかろうじてウェブが出来るような大きめの携帯電話を持った静雄は、しばらくしてから電源ボタンを不器用に手先でたどって通話を切った。

「トムさん。今からちょっと人来るみたいなんすけどいいですか」
「別にいいよ。昼休憩だし好きにしてくれ。誰来るんだ?」
答えの分かっていながらする問いほど、不毛なことはない。静雄の声はローテーションまわりのファーストフード店の片隅の席で、いつものようにいやにくっきりと耳に届く。生来、そこそ悩みなんかを抱えているはずなのに、わけも分からぬままはきはきと生きている男でもある。
「弟です」
「撮影の合間かなんかか?」
「珍しく。少しだけ時間が空いたそうで」
「ん、了解。じゃあまた後でな」
「いや、気ィ使ってもらわないで大丈夫です。ただの届け物だし、30分もいないからって」
「そか」

昼まの池袋の喧騒は、ノスタルジックを孕む秋という季節すら素知らぬ顔をして、大げさに我々のまわりにはびこりつづけている。店の側面を覆う大きながらす窓からは、派手な赤や黄や白色で塗装された宣伝の文句の合間から、地味な色あいで路面を覆いつくす街路樹の葉の散漫に落ちる様が遠目に見えた。
普段「寂寥」なんて言葉からはほど遠い田中の背中にも、どこからか、そうっと、ノスタルジーみたいな気もちが滲んでくるような妙な季節だ。くしゃみが出る直前のような表情を、恒常的にしたくなるかんじの。
「トムさん、うちの弟には会ったことありますよね」
「ああ。だから気にせず届け物かなんか受け取ってくれ。テレビだったらほぼ毎日会ってるしな」
「まるで恋人みたいですね」
珍しい冗談を、低くてはっきりと耳朶の奥に届く声で言う、静雄はやっぱり少し浮かれている。
この、兄とは異様に対照的な弟の姿を、仮の名まえで知っている人間はこの日本にたくさんいるに違いない。何といっても彼の職業は「芸能人」というやつで、まだ売り出し中だという彼の姿は、それでも毎日とは言わずとも頻繁に・テレビや何の気なしに立ち読んだ雑誌にも載っているくらいなのだから。
食事も大方が済み、気に入りのバーガーとサイドメニューとを片付けて、なぜだか毎回のように飲んでいる甘いシェイクを手持ち無沙汰に飲む静雄を観察しながら考える。シェイクを咀嚼する独特の音。……彼は、やっぱり少し浮かれている。