smell
すんなりと寝れるハズもなく。寝たフリ。
漸く寝息を立て始めた隣の人物を起こさないように。
静かにベッドを抜け出す。
静まり返った室内。
聞こえるのは規則正しい寝息と。
未だ眠る事を知らない、街の喧騒だけ。
窓際に置いてあるイスへ腰をかければ、心地よい風が吹いてくる。
ふとテーブルへと視線を移せば、置きっ放しになっている煙草。
ツンツンと突き、一本摘み上げる。
「……何処が美味しいんだろう、これ」
手に持った一本は、別に吸う訳でもなく、手で弄ぶ。
試しに火を燈してみるも、何時も嗅いでいる匂いとは違うような。
何処か違和感。
少し考え、思い至る。
「そうか……体臭と混ざってるのか」
汗と煙草と硝煙の匂い。
それらが混ざり合っているのか、と。
「……なにしてるんだろ、僕」
溜息。
そして、持っていた煙草を灰皿へと投げ入れ。
背凭れに体重を預けた。
そのまま天井を仰ぎ見れば、目の前に見慣れた顔。
「何しとんのや、トンガリ」
「っ!?」
驚愕。
あまりの予想外の出来事に体勢を崩し、盛大にイスから転げ落ちた。
とっくに寝たと思っていた人物。
ウルフウッドは欠伸をしながら、手を差し出してくる。
その手を取り、立ち上がる。
なんて事だ。起きた事に全く気付かなかった。
そして背後に立たれていることにすら、気付かなかった。
それだけ思考の渦に飲み込まれていたという事だろうか。
「何って……え、あれ、君、寝たんじゃなかったの!?」
「くあっ……寝てたで」
「じゃあ、何で――」
「物音、煙草、溜息」
「うっ……」
ばつの悪そうな顔。
ウルフウッドはクッと笑いを漏らし、ヴァッシュの頭を撫でた。
仕方ないやっちゃなぁ、と零しながら。
「ワイはもう一眠りする」
「う、うん、起こしてごめん」
「火遊びは程々にな」
「うぅ……」
ぽんぽんと、軽く頭を叩き、一言。
「ま、名前は追々、気が向いたらなぁ」
「っ!」
「あ、おんどれがワイの事名前で呼んだら考えたっても、ええで」
どうやら色々ばれていたらしい。
途端、顔が熱くなり、赤面。
悔しいやら、恥ずかしいやら。
折角立ち上がったが、またその場にしゃがみ込み、頭を抱えた。
瞬時、頭上に気配を感じ、顔を上げてみれば。
覗き込んでくる、厭な笑い顔のウルフウッド。
「ううう……ニ、ニコっ――」
「ん?なんや?」
「ニコ、ラスっ……」
言い切ると、口を押さえて更に赤みが増したヴァッシュの顔。
ニッと笑ったかと思えば、わしわしっと頭を撫でられた。
「よーできました、呼ぶのは考えといたるわ」
「ちょ!……はぁ、もういいよ」
そんな拗ねるなや、と耳元で囁き。
前髪を掻き揚げておでこにキスを落とす。
しかし、依然としてヴァッシュは顔を伏せたまま。
仕舞いには、しっしと手で追い払われた。
ほなな、と一言声をかけ、ベッドに潜り込む。
だが、顔を見られなかったのは不幸中の幸いか。
口元を押さえて真っ赤になっていたのは。
ウルフウッドも同じだったのだから。