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深夜の来訪者

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かりかり、かりかりかり。
 眠れずに面白くもない深夜番組を見ていると、窓の方から小さな音が聞こえてきた。
 飼い猫が外から開けろと催促している音に似ていたが、当の猫は膝で丸くなっている。ならば、野良猫か。しかし、エサを与えたりなつかせた覚えなどはなく、獄寺は首を傾げながらも膝から飼い猫を下ろし、ベッドに膝をついてカーテンに手を伸ばした。
「ヒバリ?!」
 闇よりもなお深い色が、窓の外に鎮座していた。慌てて窓を開けたのは間違いなく正解で、降り下ろされたトンファーが砕いたのは窓ガラスではなく、獄寺の額だけであった。
「早く開けなよ」
 獄寺を踏み越えた先で、ようやく雲雀は靴を脱いだ。それを揃えて窓際に置くのは几帳面なのかなんなのか、涙目でそれを見ている獄寺には理解しがたかった。
「……何しにきたんだよ」
 唐突に雲雀が部屋を訪れることはままあったし、それに関しての理由が知れることなどはなかったが形式として、訪ねる。
「意味なんてないよ」
「ちょ!」
 いきなりだった。肩から学ランを落としたかと思えばベルトを引き抜き、雲雀が目の前で脱ぎだしたのだ。
「な……」

 無造作に床に落ちていく衣類。それと同時に、視界を白い肌が占めていく。まずい、と獄寺は顔を逸らしたが、すでに目に焼き付いてしまったものはなかなか消えはしない。
 最後にぱさりと軽い音がしたのは、もしかしなくとも下着だろうか。確認する勇気もなく、かといって雲雀の方に視線を戻すわけにもいかないまま獄寺は動くことも出来なくなっていた。
「テレビ、うるさい」
「お前な……」
 布団に潜り込む気配に安心して振り向けば、端から覗く足首に心臓が跳ねる。慌ててリモコンを握ってテレビの電源を落とすと、静寂が状況を悪化させるのだと遅まきに気付いた。
 飼い猫がひと鳴きして、当然のように潜り込む。雲雀もそれを咎めず、自らも猫のように身を丸めて欠伸をした。本当に眠いのだろう。目はほとんど閉じたように伏せられていて、もぞもぞと寝やすい位置を探すようにうごめく以外は髪に触れても反応はなかった。
「はやく」
 吐息のような言葉を残して、雲雀が眠りに堕ちる。
「一緒に寝ろってこと…か?」
 疑問に答える声はない。仕方なく、獄寺は雲雀の向かいに潜り込もうとする。内心、お邪魔しますと呟いたが自分の布団であることを忘れたわけじゃない。ただ、雲雀の領域に踏み込むには心の準備がいるのだ。
 が、片足を滑り込ませたところで見事に蹴り出された。
「な…ッ、てめぇな!」
「脱いで」
「……は?」
 獄寺が雲雀の言葉を理解するまでに2分は要しただろうか。それはつまり、自分も雲雀と同じ姿で布団に入れということかと。視線を落とした先にある脱ぎ捨てられた服の上に下着を見て、ぐりんと首を元の位置に戻す。
「しょーがねぇな…」
 雲雀にそう言われたら従うしかない。いや、従うんじゃない、言うことを聞いてやる俺の心が広いんだ、と自分に言い聞かせて獄寺は服を脱ぎ捨てた。

 あとは、理性との戦いに精神を磨り減らす苦行に耐えるだけ、だった。

 するりと、白い腕が首に回る。脚は、絡めるように添わされて。獄寺は珍しく飼い猫に感謝した。間にいるお前が、最後の防衛線だと。
 細いくせにやたらな力で引き寄せられた。唇同士が触れ合う距離。
(やばいやばいやばい、マジやべぇ!)
 獄寺のそんな心の叫びは雲雀に聞こえるはずもなく。睡眠時の深い呼吸は乱れることはない。
 ちょん、と唇が当たって。
「…たんじょうび…おめでとう」
 寝息が幽かに言葉を形つくった。

 獄寺が憤死したのは言うまでもない。
作品名:深夜の来訪者 作家名:魚月水庭