言わせてあげる
畳に座りこみ、こちらを見て意地の悪い笑顔を見せる臨也の姿を認め、帝人はしばらく考え込んだ。しかし、それもすぐに愚問だと悟る。この人のことだから、どうせピッキングとか大家さんに取り入ったとかそんな感じだろう。
「何してるんですか、臨也さん」
「驚いた?」
「すこし」
「むしろ俺の方が驚いたよ。不法侵入してる男を見て、たったそれだけで済ませるなんて。俺と帝人くんの仲は俺が思っていたより良好だったようだ」
帝人は臨也を嫌いではない。むしろ、好いている。それは互いに理解しあっているのだが、帝人はそれを口に出せるほど開き直った性格をしていなかった。だからこうして、どんな形であれ会いに来てくれたことは嬉しいのだが、まさか素直に会いたかったなどと言えるわけがない。
それに、不法侵入が困るのは本当だ。嬉しいのは嬉しい、しかし呆れてもいる。ため息をついて、侵入者に歩み寄った。
「それで、」
「ああ、うん。ごめんね、わざわざ不法侵入しといてあれなんだけどさ、そんな大した用じゃないんだ」
「はい?」
「急に恋しくなっちゃって」
臨也の眼は、嘘だよ、と言っていた。
急に顔が近づく。その行動について何かアクションを起こす前に、帝人の口は塞がれた。呼吸がぴたり、と止む。大きく眼を見開いた。見開くと、とても整った思わず見とれてしまうような顔が、そこにはある。見るんじゃなかったと後悔した。
「ん……ッ」
べろりと唇を舐め上げられる。反射的にかち、と歯と歯を噛み合わせた。これから行われるであろうことを予想したからだ。
しかし、どれだけ体を強張らせても、臨也の舌がそれ以上侵入してくることはなかった。
それどころかあっさりと唇は離れ、帝人が拍子抜けしているにも構わず、臨也は指でくい、とネクタイの結び目を押し上げた。
「期待した?」
とても楽しそうな笑みだった。ぺろ、と赤い舌がちらつく。さっき舐められた部分がじんと痺れた。
そして同時に、自分が本当に求めていたことを見透かされたことに気づき、かっと顔が赤くなる。自分でも今どんな顔をしているかが分かっているので、見られたくない。咄嗟に顔を逸らすが、臨也の笑顔は視界から消えない。
「ねえ」
くつくつと笑い声が漏れる。耳元でささやかれてぞくりとした。熱が上がる。事実だし、それが図星であると既に臨也には知られている。否定することもできず、帝人は黙り込んだ。
そんな様子を見て、臨也の胸中にさまざまな思惑がよぎる。どうしてやろうか。このまま言わせるのを待つのもいいし、帰ってしまうのもいい。
――ああ、でも、それは勿体ないかな。
どの行動を取れば帝人がより面白いことになるのかを考えると、自然と口元が緩む。
しかし、帝人の答えは臨也の予想よりずっと早く、想像すらしていない言葉だった。
「臨也さんだって、僕が欲しいくせに」
臨也を見上げる帝人の顔は、さっきとは別人のように落ち着いていた。口調はどこか拗ねているようだが、瞳がまっすぐに臨也を見つめている。臨也は心臓を掴まれた気さえした。
「……なに?」
「たとえば椅子に座って向かい合う時、臨也さんは、いつも壁際に座りますよね。あれって、僕が臨也さんしか見えないようにしてるんですよね?」
すらすらと紡がれる言葉に、臨也は一瞬体を強張らせた。
「あと、僕に会う時はいつも、偶然会う時より香水の匂いがきついです」
「帝人くん」
「それからたぶん、これは臨也さん意識してないと思うんですけど、僕を抱き締める時臨也さん、必ず僕の足を足で挟み込むんです。逃がしたくない、のかな」
口元に指をあてて、帝人はなんの感慨を抱く様子もなく続けた。その言い方はまるで他にも色々あるという含みを帯びていて、事実帝人にはまだまだ臨也について知っていることがたくさんあった。
どれもが的中していることに臨也は眼を見開き、笑うというより顔を歪める。
「……参ったなあ、君には」
帝人は、特に意図せずいきなり確信を突くことがある。それを今このタイミングでやってのけるのは、最早生まれ持った何かとしか思えなかった。そこにはなにか、沼のようにぬかるんだものを感じずにはいられない。しかし今、そんなことはどうだっていい。
臨也は両手を帝人の頬に添え、息が触れ合う距離まで再び顔を近づける。
「俺は俺の意図しないところで、こんなにも君を熱望していたわけだ」
「熱望って」
「仕方ない、認めよう、本当は君が欲しいよ。だからここまで来たんだ」
至近距離でほほ笑む臨也の顔は、やはりできすぎていて、帝人はまたそれに見惚れた。だからまた重ねようとする唇を避けられないのは、当然のことだろう。そう結論付けて流される。
ナイフのようにどこまでも冷え切った男の熱情を一身に受けながら、帝人は眼を閉じた。