若紫計画
「ちょっと、何してるの」
メールで仕事の取り決めをして書架に行けば、其処は紙の海となっていた。
真ん中辺りでぼんやりと紙を眺めて、時々きゃはあと笑っているのは綱吉で、雲雀は頭を抱える。
「それ……僕の仕事のだよね」
「とりは、よるはめ、がみえないん、だよ?」
綱吉は目の前の紙を宙に投げた。
「さかなはみえる、よるのうみだって、およぐ、のー」
すいすーいと言って、手をひらひらさせて笑う綱吉に、雲雀は頭の奥がガンガンと痛む気がした。
「その中に今日の資料も混ざってるんでしょ?」
雲雀は仕事の大半をパソコンで管理しているが、本当に重要な物は、手書きでファイリングして管理していた。ハッキングの横行、ウィルスの蔓延するネットの世界にデータを放置するのは、どこか心もとない気がするのだ。
勿論平均以上のセキュリティを敷いているし、そちらの知識もそれなりに身に着けてはいるが、ちまちまとパソコンを弄るのはどうも雲雀には合わない。
雲雀の知り会い――とは認めたくないが――にもいる、そちらの専門の者に手を出されれば対処が効くとは思っていない。だから本当に重要な情報は、雲雀は今でもアナログで管理を行っていたのだ。
そうして書架の棚に置いていたファイルは、今はほぼ全て引き出されて、床を埋めている。
今夜売る情報も、咬み殺そうと思っている組織の情報も全てその中にあった筈だ。
雲雀は左手で眉間の辺りを抑えて、足元に散らばる紙を踏みながら、紙の海で遊び続ける綱吉の後ろから腕を掴んだ。
「いい加減にして。彼からの預かり物だって、僕は容赦ないから」
相変わらず澄んだ瞳はパチパチと瞬きをして、綱吉は微笑む。
「くろいとり、はよるとぶの。さかなはずっと、およげるよ。ひるもよるもね、とまれないの」
「叱るのは後。今は仕事の書類を探すから、君は向こうで菓子でも食べてて」
腕を強く引いて立たせようとすれば、綱吉は手に持っていた、少し皺の寄った書類の束を差し出して来た。
「はい、リボはー?」
雲雀はそれを受け取って、一応頭を撫でてやった。
「彼はいないよ。ほら、向こう行って」
「あいっ」
返事をしてふわりと立ち上がると、綱吉は紙を撒き上げながら走って書斎を出て行った。
居間には大福を置いておいたから、暫くは大人しくしているだろうと、雲雀は再び己の周りを見回す。
雲雀にして泣きたくなりそうな惨事に項垂れた。
とりあえず手にした物から片付けようと、先程綱吉に渡された束を捲って確認する。
日本語と英語、略語と暗号にまみれた書類の中には、幾つかのファミリー、ボンゴレの情報も混ざっていた。そして雲雀が探そうとしていた物も。
おやっと雲雀が数回瞬きをして、残りの資料も確かめようと捲った背中に声が届く。
「きょーちゃん、おちゃー」
その声に、以前自分で冷蔵庫から取り出した綱吉が、ペットボトルを倒した事を思い出して、雲雀は書類を適当な棚に置いて、居間へと向かった。