continuous fever
目を閉じてずっと感じていたくなる。
「ルルーシュ。」
呼ぶ響きが少し甘い気がした。気のせいかもしれないし、そうでないのかもしれない。今のこの状況がルルーシュの思考にフィルターを掛け錯覚を起こさせているだけのような気もすれば、脳髄まで侵すような甘さは本当に現実のもので、二度と正気の淵に戻って来られぬ程に深くまでルルーシュの中に染み渡り捉えられてしまうような気もした。
「ルルーシュ。」
目を閉じて感じる其れが余りにも心地が良くて、視覚を封じればより強く、より濃密に感じる其のたった四つの振動が現でも幻でもどちらでも良い、思考を手離しながら思う。彼が与えてくれるものならばそれだけで。自分の空想の中のものであってもかまわない、と。
「スザク……」
浮かされたように返す名前に応える手のひらが、すり、と頬へ降りてくる。熱かった。じくじくと、蝕むような熱を愛しいと思う時点でもう、どこかしらおかしくなってしまっているのだろう。いっそ内側から塗り潰して、灼き尽してくれて良いのに、など。本当ならば、この響きもこの熱も真実のものならば、今ここで風に吹き飛ばされる程の欠片に砕かれたって良かった。
「るるーしゅ。」
囁かれて。暗い世界の中、口元にゆるり、熱が静かに押し当てられるのを感じた。濡れてちゅ、と音を立てる。ただ触れるだけの其れはやはり何処か曖昧で、目を開けたら消えてしまいそうな気がして、怖くて瞼を持ち上げることが出来なかった。
閉じ込めてしまいたい。
彼と云う存在が呟いた言葉を。彼と云う存在が今、口唇に与えてくれている灼熱を。閉じ込めて、刻み付けて、一瞬足りとて自分の中から消えないようにして欲しい。
嗚呼、本当に。
どうしようもなく彼のことが好きなのだと、真暗な世界の中余りにも思い知らされて、途方も無くて泣きそうになった。
「ルルーシュ。」
水を纏った柔さが慣れた様子で口唇を辿る。仔猫が母親に甘えるような頼りない、けれども孕む熱は聊かの可愛らしさも持ち合わせていないことを知っている。大人しそうに見せてこの男はいつも乱暴だ。優しく名前を呼んで、穏やかな振りをして。最後に全て浚って飲み込んでしまう横暴さでルルーシュを翻弄する。こちらの都合など僅かも伺わぬ其の強引さ。其れを愛しいと、愛されていると感じてしまう自分はきっと相当にイカれてしまっているのだろう。
やがてゆっくりと歯列を割り、入り込んでくる舌を受け入れた。勝手知ったる様子でぞろりと歯牙を味わい、奥底で竦んだように見せかけたルルーシュの肉塊を見つけ出す。罠だと知っているだろうに、躊躇うことなく絡み付いてくる其れに気を良くして、しめたとばかりに奥へと吸い上げた。
「っ、は……ぅ……」
縋るように背中に腕を回す。掴んだシャツのすべらかさと、布越しにはっきりと感じる締まった筋の力強さが、ただ名を呼ばれるだけでは像を結ばなかった現実に集約されていく。響く水の音が粘ついていることも、現実だと思えたことで漸く開くことが出来た視界、直ぐ目の前で薄らと開いた翡翠が爛々と閃いているのも、ほんとうのものと受け止められる気がした。
嘘じゃないと確信できる気がした。
「す……ざぁ……っ」
口吻の合間、口の端から銀糸を滴らせながら泣いているみたいに情けない声で彼の名を奏でる。じりじりと急くように這い上がってくる途方も無い温度。躰を甘く灼く己の名前。スザクが与えてくれる幻想を模した現実よりもずっと頼りなく、情けなく。けれど輪郭だけはくっきりと存在を留めていたから。だから、もう不安ではなかった。
「すざく。すざ、く……」
「るる、ぅしゅ……」
何度も口吻けて何度も呼んだ。好きだとは言わなかった。有体な言葉で伝えるよりも、其の名を呼ぶことの方がずっと、ずっとほんとうのような気がした。
赤子が母を求めるように吸い上げて、熱情を交えて絡めて、溢れて。酸素が行き届かぬ思考の底、スザクの息遣いと自分の名前だけが聞こえた。それだけで良かった。言葉なんていらなかった。
それだけ在れば良かった。
了
作品名:continuous fever 作家名:フジサワコト