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儘ならないナンセンス

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「例えば…例えばの話やで?
惚れとる相手が自分のこと好きやなくても、俺はそいつが幸せや言うならそんで良いねん。
一番やなくても、隣か後ろから見てても良いんやったらそれ以上のことなんて無いって思うわけや」
「……で?」
「そんで…だからな、えーと…」
「なんだよ」
「あんな、あんま驚かんとってな。
俺かて今から自分が何言うんか冷静に考えたらどうにも堪らんなってこうして正気を失おうと」
「言うか言わないかはっきりしろ!いい加減にしねぇと帰るぞトマト野郎!」
「付き合わん?俺ら」














話し始めてからここまで進むのに、実に3時間を要していた。正体不明の差出人から手紙を受け取ったのが午後6時。名乗りもせず、簡潔な文体で寮の談話室に消灯後来るように指示された。行かない選択もあったが、それよりも寮則を破り、さらにこの俺を呼び出す奴の首根っこを引っ張り上げてやろうと思っていたのに、なんてザマだ。
用意された酒瓶を一緒に3本ほど空け、さらにそいつのとりとめなく続く長ったらしい話をもうかれこれ3時間も聞いていたなんて信じられない。しかもこいつ、最初の1時間は俺の悪口ばかり。そうして嫌味の応酬をしているうちにワインが一本空になったあたりから、自分が何故ここへやって来たのかすっかり忘れていた。傍らに置かれたロープの意味も思い出せず、飲む酒を失った酔っ払いがすることなんて寝る以外に無い。就寝の挨拶もそこそこに部屋に戻ろう立ち上がった俺の寝間着の袖を、奴がむんずと引っ張った。
本題がまだだったと今気付いたみたいに慌てて話し始め、結果俺に先程の意味不明な提案を行った張本人、アントーニョは、照れもふざけもせずにこちらを見上げている。

「おい酔っ払い…冗談は脳味噌の量だけにしろ」

すっかり酔いが醒めてしまって、適当な誤魔化し方を幾通りか考えた所で、そういえば窓から吊るしてやろうとロープを用意したことを思い出した俺は、力の限り威圧感を醸し出せる様に顎を上げて睨み下ろす。
それでもアントーニョは意に介した風でもなく、掴んだままの袖を離さない。

「残念やけど撤回は無理や」
「ちょうど今、ロープの使い道を思い出したんだが」
「残念やけど自殺は見逃せんで」
「馬鹿野郎、てめぇを吊るすんだよ」
「えぇ……それは困るわ」

さほど困っている様には見えなかったが、仕方なさげに両手を挙げてギブアップの体をとった隙に距離をおく。手から離れた服の端を未練がましく追う奴の目は、虚ろ気に揺れて、涙の膜が張っている。酒のせいか知らないが、まさか泣くんじゃないだろうな。

「おいお前…」
「……悪い、おれ、最悪やな」

内心ヒヤヒヤしているこちらの心理を読み取ったようなタイミングで、それは決壊した。
驚きのあまり駆け寄って顔を覗き込む。

「最悪な手段やって解ってるけど、こうするしか思い付かんねんもん…」
「話が見えねぇ!ちゃんと説明しろ馬鹿!あと泣き止め!」
「……ほんまバカやアホやカスや生きとる価値無しや…」
「え、おい…別にそこまで言ってねぇだろ…」

嗚咽もなくひたすら涙を流し続ける翠の双眼が弱々しく揺れている。
年上の男が、しかもあのアントーニョが子どもみたいに泣き出すなんぞ思いもよらなくて、俺はもうこいつが本気で死んでしまうんじゃないかとヒヤヒヤしていた。いつだってニコニコと笑ってばかりのこいつに、ネガティブな感情が存在するのかも怪しいと思っていたから尚更。何故こんなに切羽詰まっているのか知らないが、とりあえず、そうとりあえずこの得体の知れない不安感から解放されたくて、つい目の前のひょろっちい背中を擦った。

「よし、聞けよアントーニョ・ヘルナンデス」
「うん」
「お前俺が好きか」
「むしろ嫌いや」
「おい…じゃあ何故付き合うだのと抜かしやがった」
「………さっきの例え話」
「あ?」
「覚えとる?」

こいつの幸せの定義について。何となく事情が見えてくる。
鼻を啜りつつ涙を吹くくらいには平静を取り戻したアントーニョの目尻は赤く腫れているが、その瞳はもう理性的な色をしていた。ホッと息を吐いた俺に、奴は続ける。

「好きな子の好きな子がお前のこと好きで、俺はどないしたらあの子が上手く行くか考えて、俺が悪者になったらええと思い立ったわけや」
「なんだそれ…」

思わず絶句してしまう。巻き込まれた理由がさらっと簡潔に述べられてしまった。
しかもこんな人畜無害そうな顔して、考えることがえげつない。暴力沙汰の喧嘩をするときすら正々堂々を好む男だというのに。それだけ幸せにしたい奴ってのに惚れてるということなのだろうか。
無言でいる俺に痺れを切らせたのか、アントーニョはすがり付く勢いで背中に乗せたままだった右手を自分の両手に収めると、それを額に翳して祈る様に言った。

「無理なお願いなんは百も承知や。でも少しだけ、少しだけ協力して欲しい…頼む!」

握り締められた右手から、こいつの震えが伝わる。最早後に引けないこいつの必死さは健気にも見えたし、また卑しくも見えた。何をやっても子どもみたいな純粋さしか見せないでいたこいつの、大人みたいな不純さが、俺の心を動かしたと言っていい。汚い感情に振り回される人間の行く末を観察するのも楽しかろう。俺は得体の知れない生き物を手懐ける様な気分で右手に力を込めた。握り返した浅黒い右手を強く引っ張って、その甲に唇を押し当てる。

「その契約、サインしてやるよ」

ニヤリと嫌味ったらしく笑う。
嘘しかない、しかも野郎との恋愛契約なんて、まるで悪魔に魂を売ったようなものだな。
そう皮肉った俺に、アントーニョは殊更救われたみたいな顔をしてカラリと笑った。

「なら俺、ちゃんと苦しんで死ねそうやな」













作品名:儘ならないナンセンス 作家名:まじこ