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彼の隣の二匹のけもの

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あのときからだ、と真田は思った。伊達がテレビを消して風呂にするかぁと言っている。真田はじっと床の上にうずくまって、タンスの中から着替えを引っ張り出している伊達を見ないようにしている。扇風機の生ぬるい風が部屋の空気をゆるくかき混ぜて、真田の長く伸びた後ろ髪をそよがせた。
 二か月ほど前だったと思う。真田のメモリに新しい名前と連絡先が書きこまれた。それから、その名前はメールや着信履歴に頻繁に現れるようになった。真田のアドレス帳のデータは多いほうなので、この頻度は異常だと真田は思う。着信履歴がその名前で埋まることもざらにあった。真田はその男と何度も顔を合わせている。伊達は基本的に携帯電話を手放さない男だ。連絡先と同時に登録されたプロフィールを確認すれば、伊達より二つ年下である。真田と同じように後ろ髪を長く伸ばして、政宗殿政宗殿とうるさい。伊達をそう呼ぶのはそれまで真田だけであったので、腹のあたりがなにやら気持ちが悪いと思う。うずくまって床の木目を睨みつけていると、嫌なことに真田は気づいた。最初は出先で会うほうが多かったというのに、ここ一か月はその男が伊達の部屋にやってくることのほうが多い。
 一週間前だ。夕食時に、あの男がやってきた。伊達が昼ごろから夕食の仕込みをしていたことを真田は知っている。何度か真田を使ってレシピを確認していた。あの男の好物なのだろう。簡易メモ帳にはそれらしき料理が何個か書きこまれている。そうして二人で夕食を済ませ、夜も更けてきたころだ。それまで真田を操作していた伊達の手がびくりと止まった。伊達のその手が、あの男のてのひらにくるまれている。真田が文句を言うより早く、男は伊達のてのひらから真田を取り上げて、床の上に放り投げてしまった。伊達が声高く文句を言っているのが聞こえる。しかしそれもすぐに聞こえなくなって、意味を成さない呻き声が聞こえるのみになった。……床に乱暴に放り出され、電池もほぼなくなり、意識が朦朧としてきたときである。熱いてのひらが真田のからだを掴みあげた。伊達のてのひらではない。なにかべたべたしたもので汚れたてのひらは乱雑に真田のカメラを立ち上げた。写真自体はあの男の携帯に送信されてすぐに真田のデータからは消去されてしまっている。しかしあの瞬間、真田の視界に入ってきたものがいまだに目の先にちらついて離れない。
 シャワーの音がする。真田はいよいよ床の上に丸くなって、その音を聞かないようにする。あの男のことを考えると腹のあたりがむかついてしょうがないが、あれから伊達のことを考えると、胸のあたりが気持ち悪くて仕様がなかった。
作品名:彼の隣の二匹のけもの 作家名:いしかわ