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「……ふぅ……」

もうとっくに日は落ちて、街灯の明かりがなければ暗くて仕方がない時間。
そんな時間に、綱吉はこの馴染みのある地から離れるべく、独り駅へと足を運んでいた。

車こそ通りは少ないが、人はそれなりに歩いている。
とは言え少々静かなここ、大通りから一本外れた通りは、やはりそこと比べると、どこか淋しいものがあった。

大きな荷物は先に送ってしまった為、現在はショルダーバッグに必要最低限のものだけを入れ、持ち運んでいる綱吉。
身軽と言う以外に例えがないこの状態なのに、綱吉は自身の心持ち同様、それすら重くてしょうがなかった。

(何やってんだろ、俺……)

首に巻いているマフラーを少し引き上げ、両手はコートのポケットに突っ込んでしまう。
そうすれば、冷たさに手がかじかんで切符が取れない、なんて馬鹿馬鹿しいことは起こらないだろう。

街路樹のイルミネーションを見ながら、ただやり切れない思いと後悔、そして悔しさと悲しさを抱えて歩く自分。
そんな時に限って、自分とは正反対に見えて仕方がない人達と擦れ違うのは、神様が自分に与えた罰なのかも知れない。

楽しそうな二人の男女。
そんな二人の「綺麗だよね、イルミネーション!」と言う声。
街路樹に花が咲いたようなイルミネーションに、自ずと会話にも花が咲いたようだ。

(俺も、あんな風だったの、かな……。それで骸は、『そうですね』って笑ってくれた……よな)

まだ骸と見ていたい。
また来年も一緒に見に来たい。
そう言えなかった自分が腹立たしい。
かといって、今年限りだということが言えた訳でもない。

(やっぱり俺は、意気地無しで……怖かっただけなんだ……)

怖い……。何が?
骸と会えなくなるという事実か、それを伝えた時の彼の反応か。
はたまたそれを言い切れてしまう自分がか。

顔をあげると、大通りへと渡る信号が青だった。
ここを渡らないと、駅には着けない。
だったらいっそ渡らなければ良いと、そう思ってしまう。
しかし現実はそんなに甘くない。
渋々と信号を渡って大通りへと出る。

大通りと言うだけあり、やはりこんな時間でも人通りはある。
そんな中綱吉は、無意識の内に一人の人物を探して視線を泳がす自分がいる事に気付く。

「……馬鹿だな。いる訳無いだろ……」

『骸と、さよならしなくちゃいけない』

その事実を伝えてから一週間。
彼とは一度も連絡を取っていない。
自分からは連絡を入れ辛かったし、骸からも連絡は来なかった。

最後の最後に嫌われてしまった。

それからは極力、彼との接触を避けてしまっていた。
別に骸に聞かなければいけないこともなかったし、彼と連絡を取らないことを不思議に思う人物もいなかった。

……でも、自分にだけは、嘘は付けない。

この一週間、正直辛かった。
いつも隣に骸がいて、話を聞いてくれたり、勉強を教えてくれたり、遊びに誘ってくれたりした。
それが急に、ぽっかりと無くなってしまった。

楽しかったことや嬉しかったことを話す相手はいなくなり、冬休みだからと、勉強もしなくなった。
他の友人から遊びに誘われても、何故か行く気はしなかった。

(そこで、ようやく気付いたんだ)

ふと空を見上げると、白い粉が降ってきた。
ポケットから手を出して広げると、ふわっとそこに乗った雪。
勿論、すぐに水滴となる。

そんな最中も足を止めなかった為か、駅はすぐ目の前になっていた。
その前に建つ時計台。
良く、骸と綱吉が待ち合わせに使った場所。
そんな何でもないところでさえ、今は自分の気持ちをあらわにする武器になった。

(俺は、骸の事が好きなんだって……)

人の気持ちとはうまく出来ていて、無くしてからこそ、それの重要性が手に取れる。
もし自分が人間を、人というものを構成するような事があれば、そんな後悔が積もるような構造にはしないだろう。
初めからそれが大切だと理解して、大切なものは無くさないように。

でも、神様はそれではつまらないと、もっと頭を使え、時間をかけろと言ってきたのかも知れない。

(だからこそ、今の俺みたいな気持ちが生まれるんだ……。じゃないと、皆優しくなれないもんな)

痛みは、知らなければ痛みにならない。
痛みを知ってこそ、他人を救える。

しかしながら、優しさは時に刃になる。
それが、今の綱吉だった。

伝えないほうが両者の為かもしれない。
気を使わせたくはない。

そんな気持ちが、自分と骸の間に亀裂を入れた。

(やっぱり、隠すなら最後までだったかな……。でもそれじゃあ、骸は怒るんだろうな……)

時間を見るために顔を上げると、時計台の下、いつもの所に彼が立っていた。
雪に驚いたのか、空を見上げている。
まだ、綱吉には気付いていないらしい。

何故か、足が止まった。

酷いとは思う。
何故かは分からないが、これ以上足を進めたくないと、己の中の何かが叫んでいた。

「……っ、馬鹿。謝らなきゃ、いけないだろ……!」

そう言って、その場から動こうとしない他人のもののような足を、ゆっくりと踏み出す。

(駆け寄ってでも、言わなきゃいけないことがある。そうできなくても、彼から離れちゃダメだ)

一歩一歩進むうちに、先程までには無かった不安が膨れ上がる。

嫌われて、いないだろうか。
本当は、俺なんかを待っていないんじゃないか。
もう、話など聞いてもらえないのではないか。

そんなマイナスの感情ばかりが浮かび、膨らんで、どんどん自分を追い詰める。

(そうだとしても、謝らなきゃいけない。いいや、本当はもっと伝えたい事だって……)
作品名: 作家名:ゆず