所詮は変態サンばかり
あの人はどんな学生だったのだろうか。
情報としての「折原臨也の学生時代」のことは知っている。
しかしあの人がなぜ規定外の学ランを好んで着ていたのか、自己主張の塊っぽい赤の服を着ていた理由などは分からない。本人に聞く気にもなれない。どんな子供だったのか、どんな学生だったのか。初めて池袋で出会う以前の彼は何を思い、どんな風に生きてきたのか、その詳細は既に過去のものだ。
「まあどうせ、ろくでもない生き様していたんでしょうが」
「何か言ったかい、帝人くん」
「いいえ、何も」
臨也の住居及び事務所のソファに座った帝人は首を振った。帝人は自分の携帯電話を操作しながら、仕事を素早く処理していく。その途中で唐突に浮かんださきほどの疑問に、大いに好奇心がそそられる。だが対象の相手があまりにあとあと面倒だ。面倒臭過ぎる。
ソファの後ろにやってきた臨也は帝人の携帯を覗き込む。帝人は特に隠すことなく操作を続ける。背後の臨也がにっこりと笑う。見る者が見れば頬を染めそうな笑みで。見る者が見れば胸糞が悪過ぎて反吐が出そうになる笑みで。
「もしかして俺に関する情報を動かしているんじゃないだろうね」
帝人はうっとおしい笑みを視界から完全に遮断して答える。
「私がそんな後処理が面倒臭すぎる仕事すると思いますか。札束天井まで積まれたって嫌ですよ」
「えーなんで? 楽しいかもしれないよ。君が好む非日常が詰まっている俺だよ。命くらいかけて遊んでみる価値があるんじゃない」
「既に命かけることが前提になるんですか」
深々と溜息をついて携帯をぽいっと近くにあったクッションの上に放り投げる。この人の前で、これ以上操作する気になれなかった。携帯から帝人を引き離すことに成功した臨也は鼻歌まじりにキッチンの方へと消えていく。紅茶でも入れるのかなと帝人は思った。
「ねえ、臨也さん」
「なーに、帝人くん」
キッチンの方から声がきこえてくる。
「臨也さんって静雄さんのこと、好きなんですか」
臨也は壁からひょっこりと顔を出す。
「帝人くんって間接的自殺志願者だったの?」
「うそですうそですごめんなさいごめんなさいその煌めいているナイフしまって下さいお願いですからすいませんすいません」
真顔でナイフをぬいている臨也に帝人は平謝りし続ける。普段フランクに接しているが地雷を踏むとその身に詰まった異常性がべろりとすぐに顔を出す。ナイフを手で弄んだまま臨也は肩を竦める。
「先から何? 失礼な独り言呟いたり、世迷言ほざいたり」
「いつもふざけているようなことしか言わないのは臨也さんの方じゃないですか」
「一度ぷすっとしてみようか。帝人君はシズちゃんじゃないから、5ミリどころかグサリと刺さるだろうし」
「スイマセンスイマセン、調子の乗りましたスイマセン」
機嫌を損ねたままの情報屋がナイフ片手に近づいてくるので、帝人は青ざめながらあとずさる。ガタガタ震えている小動物のような様子に少し満足した臨也はナイフをしまった。
「紅茶淹れてくるから、大人しく待っていて」
「はぁーい・・・」
くるりと踵を返して戻っていく背中に帝人はほーと小さく安堵の息を吐く。そして自分が呟いた言葉を考える。
高校生時代の折原臨也は初めて平和島静雄に出会った。
彼はその時何を思ったんだろう。
怒り、歓喜、憎悪、哀愁。忘れられない思いがあの赤い瞳に刻まれ、彼は今でも命がけのデッドレースを続けたまま、情報屋として生きている。池袋にいけば池袋最強が道路標識を振り回し、自販機なんていう絶対人間技ではない物を投擲してくる。そして自動喧嘩人形に本能的な憎悪を刻みつけたのはとても頭と顔がよく、悪魔よりよっぽど性格が悪そうな情報屋。
(・・・まあ僕もここにきて、人生が変わってしまいそうなものに出会ったと思ったけどね・・・)
それが臨也さんにとって、静雄さんだったんですか?
帝人は一人で青ざめた。言えない。聞きたくてもきけない。今機嫌損ねちゃったから言動一歩間違えたら、本当にサックリ刺されそうな気がする。
背後からクスクスと澄んだ笑い声が聞こえてきた。振り返ると臨也は手に二つのカップを持ってソファにやってくる途中だった。
「帝人くん、何一人で百面相しているんだい」
「えぇぇぇえ・・・、まあ、私もいろいろ思うことがあるんです」
「思うことね」
この頭がねぇと臨也は帝人の頭のつむじをぐりぐりと押し始めた。むっとした帝人はぺちんとその手を叩いた。臨也はケタケタと笑う。
帝人は差し出された紅茶の香りを感じながら、何も入ってないだろうなと少し考えた。臨也は何も言わずに自分が飲もうとしていた紅茶と帝人のものを取り換えた。ありがとうございますと帝人はお礼をいい、傍にあったレモンを紅茶に浸した。
「おいしいです」
正直にいうと相手はそうと簡素な返事をした。
ああ歪んでいるなぁと帝人はぼんやり思った。しかしこの歪みが、帝人は嫌いではなかった。
「で?」
「はい?」
にやにやと笑う臨也を帝人は見る。
「君は一体何を考えていたの?」
きょとんと眼を瞬いた帝人は自分が考えていたことをザッと振り返ってみた。開こうとした唇が止まり、言葉が喉奥でつっかえてしまう。
帝人は眉を八の文字にして、困ったように微笑んだ。
「いやだな、なんでもないですよ」
嫉妬したなんて言わせないで下さいよ!
作品名:所詮は変態サンばかり 作家名:ヨル