その獣が吼える場所
「ちーっす」
「赤也、いらっしゃい」
白い世界にいる人は、いつもと変わらない笑顔で俺を迎えてくれた。そんなやりとりを、もう何度繰り返しただろう。
繰り返されるその光景に、ベッドの上のその人が、この白い部屋に馴染んでしまったかのようにさえ思えてしまう。
彼に相応しい場所は、こんな真っ白な檻ではないのに。
「一人なんだ、珍しいね。……サボリかい?」
「違いますよ!先輩達は進路集会。んでテストも近いし、今日は部活休みっス」
「ああ…そういえばそんなことを真田がこないだ言ってたな」
そんな会話をしながら、ベッド脇に1つだけ用意されている椅子に腰掛ける。それから、ばふり、と音をたてて彼を覆う白い掛け布団に頭を埋めた。
ここに来るといつもそうしてしまう。
いつもはこの直後に副部長に首根っこ引っ掴まれ、椅子からも追いやられてしまうのだが、今日はそんな邪魔者はいない。
頭を埋めた布団は、窓から差し込む薄い春の日差しによって微かに暖かく、一日の授業を終えて来たこの身を緩やかに眠りへと誘う。
これは白い魔物だ。
俺を吸い込む魔力を持つように、彼をその手から離そうとしない。
布団に埋めた頭を彼は優しく撫でる。
「…何かあった?」
「いえ、別に」
「そう」
彼は俺の頭を撫でる手を止めないまま、静かに言葉を続けた。
「1年生の調子はどうだい?」
「まだまだじゃないっスか?副部長のしごきについてくのがやっとって感じで」
そう言って俺はゆっくりと頭を上げ、彼と向き合った。変わらず穏やかに微笑む彼に向かってニッと笑って見せる。
「部長についてくるにはまだまだっスよ」
そう言うと彼は「ふふ」っと彼特有の笑いを漏らした。
「でも見込みのある奴もいるんだろう?」
「んー…まあ、いなくはない、と思いたいですね。何ったってうちは『王者・立海』ですから。骨があるやつが居てもらわなくちゃ困るでしょ」
「そうだね。でもそれは先輩達の活躍のおかげだし、今の立海は俺たちで創っている。だから赤也、次はお前達の番だ。わかってるだろう?」
「…うぃっス」
頷くと、今度は少し乱暴に頭をくしゃくしゃと撫でられた。元々くせっ毛なのが更にグシャグシャになってしまった。
それでも、その手が嬉しかった。
わかっていますよ。
先輩達が引退したら確実に『今の立海』とは違う立海になる。担い手が変わるのだから当たり前だ。それでもまだ−−−−
「まだ関東も全国もあります。また打ちましょうね、部長」
「・・・そうだね」
そう答えてくれた彼の目は、俺を越えて遥か遠くを見ていた。
青い空の下、緑のコート、白いライン、黄色いボール。
思い描いている彼の目には炯炯とした炎が灯っている。
ほら見ろ、やはりここでは駄目なんだ。
白い魔物がその体を縛りつけようとしても、白い檻が閉じ込めようとしても、この獣を抑えることは出来ない。
早く、この獣を解き放て。
end