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深くなりゆく

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頭を撫でる母の手のひらは、優しかった。ぎゅう、ときつく、それこそ血が止まってしまうのではないかと思うほどに握り締め、握り締められた手のひらの緊張がとける。
――どうしたの?こわいゆめでもみた?
そう問う声も、優しくて、ピンと張った二人の緊張の糸はあっという間に切れてしまった。ぼろぼろ、四つの瞳から溢れ落ちる涙を、母の手が拭う。
――エレフ、ミーシャ。言ってくれないとわからないわ。
教えて、と再度母からかけられた問いに、辿々しい嗚咽混じりの声で、ミーシャは答える。
――あのね、こわいの。そとにね、いるの。ごろごろって。きっと、なにかおおきなどうぶつのおなかのおとだわ。たべられちゃう。えれふ、なきむしだからわたしがまもってあげなきゃ、なのに。わたしも、こわくて、
言葉を遮った雷鳴に、二人は体を震わせた。ぎゅう、と再びお互いの手をきつく握る。たべられちゃう、小さな声で呟いたエレフに、母は笑んだ。美しきものしか知らぬ少女を思わせる上品な笑い声を、笑みに重ね、言葉を紡ぐ。
「大丈夫よ。怖くなんてないわ」
――これはね、私達の王様が雷神様から授かった雷槍を奮って、私達を怖い人達から守ってくれてる証なの。だから、怖がらなくていいのよ。私達を、守ってくれるものですもの。
――まだ、怖い?じゃあ、今夜は家族皆で眠りましょうか。それなら、怖くないでしょう?



――――



微睡む意識を現実に誘う雨音。その合間を縫うようにして、鼓膜を震わせる雷鳴に、己が夢を見ていたことを気づかされる。随分と懐かしい夢を見たものだ。傍らにある筈もない温もりを探しながら、夢の中でエレフと呼ばれていた青年は自嘲する。父も、母も、ミーシャも、もういないと言うのに。
油の切れかけたランプの小さな焔が、ちらちらと揺らいで、消えた。気にする素振りも見せず、彼は外に繋がる出入り口へと足を進める。外へ出でて、空を見上げる。雨降る夜の空は暗かった。光と轟音、雷である。今の青年の瞳に、恐怖はなかった。瞳の奥、恐怖のあった場所で揺らめいた憎悪。目映い雷光が彼の紫水晶を照らせど、憎悪は消えず、ただ深くなりゆくばかりであった。



深くなりゆく

2019/06/27
作品名:深くなりゆく 作家名:ふるる