ブラックメール
――田中太郎さんが入室されました――
【ばんわー】
[こんばんわー。今日は遅かったですねー]
【ちょっと友達と遊んでて。セットンさんは今夜お仕事ないんですか?】
[今日は一日オフでしたよ。久しぶりに愛車の手入れをしてました]
【おおっ、有意義な休日ですね】
【ところで今日は甘楽さんがまだいないですね】
《んもう、太郎さんたらそんなに私がいなくて寂しかったんですかー!? 甘楽うれしいっ☆》
【うわっ】
《うわっ? ちょっとー傷ついちゃいますよー》
[www]
[ばんわー]
【すっ、すみません、ちょっとびっくりして。こんばんはー】
《ばんわでーすっ。でもごめんなさい、今日は用事があるのですぐ落ちますー》
[ああ、そうなんですか。あ、すみません、ちょっと呼ばれてるんでROMります]
【了解ですー】
《いってらっしゃーい☆》
内緒モード 【ちょっと、臨也さん驚かさないでください…!】
内緒モード 《あれー? 帝人君、あれぐらいで驚くタマじゃないでしょ》
内緒モード 《それよか帝人君、携帯見てくれた?》
内緒モード 【携帯ですか?】
内緒モード 《あっその反応は見てないなっ! 甘楽悲しい…><》
内緒モード 【冗談でも引くんでやめてください】
内緒モード 《つめたい…》
内緒モード 【ちょっと待っててください、今見ますから…って、ちょ】
【すみません!急用ができたんで先落ちます!】
《私もちょこっと用事ができたんでお先に失礼しまぁす☆》
――田中太郎さんが退室されました――
――甘楽さんが退室されました――
[あちゃ、間に合わなかったか]
[お二人ともおやすー]
――セットンさんが退室されました――
深夜、時計の短針も頂点を過ぎる時刻となれば昼間の喧噪は若干なりを潜めている。
とは言えど居酒屋の客引きや仕事、遊び帰りの人々の波に押し流されながら帝人はサンシャインシティの下へと辿り着いた。
まだ初夏には大分遠い時季だが、自宅から走ってきた体は熱を持ち額に薄く汗がにじむ。
ネオンに照らされたビルの下、携帯電話の画面で時刻を確認する。
「…はあ、なんだってまた、こんな時間に……」
「それは勿論、俺が君に逢いたいからだよ」
「っ!?」
突然耳元に吹きかけられた生温かい風。
ふり向きざま左手で耳を押さえるが、それ以上に思ったより近かった距離に息を呑む。
「やあ。こんばんは、帝人君」
光の下ではその存在を主張するばかりの黒い衣装が、夜の闇の中では彼を街の中へと溶け込ませている。
けれど闇に光る紅の双眸に、彼がここにいるのだと分からせる。
「臨也さん……こんばんは、」
はあ、と。諦めたような、と言うより諦めきった表情で溜め息一つ吐いた帝人は、右手に持っていた携帯をずいっと眼前につき出した。
「なんなんですか、このメール!」
「何って、なにが?」
相も変わらず目の前の男は人を喰ったような表情で笑っている。
「『午前一時、サンシャインシティ。遅刻したら俺だけ楽しい罰ゲーム☆』って、これ脅しですよね」
「やだなあ、れっきとした招待状だよ!」
「招待状に罰ゲームはつきません…って、ツッコミどころが多すぎます臨也さん…」
「そんな律儀なところがまた好きだなあ」
不意打ちに思わず顔を背ける。お願いだから気付かないで。
「寝言は寝てから言ってください」
きっとこの闇に紛れて、顔が朱いのはばれないだろう。
「どうせ寝るなら一緒に寝よ…うっ!」
また寝言を言い出した臨也さんに肘鉄を決め、帝人は駅へ向かって歩き出した。
携帯を持つ手に力がこもる。
画面が白く、瞬いていた。
「……で、帝人君は内回り?外回り?」
「…………今日は内回り、です」