名前
誰だろう、誰かが来る予定なんてなかったよね。
全く分からなかったけど、まぁいいか、なんて思いながらはーい、と返事して扉を開ければ、そこには羽島幽平こと平和島幽さんがいた。
え、な、なんで幽さんが!?
慌てる僕を気にすることなく幽さんははい、といって僕の前に一つ鍵を渡してきた。
なんの鍵?
「え、なんですかこれ」
「兄貴の部屋の合い鍵」
「え?」
「今なら面白いものが見れるから」
俺の言うとおりにして、と言う幽さんは別に笑っていないのに楽しそうに見えた。
「……失礼、します」
そろり、小さな声でそう言って扉を閉める。
幽さんに渡された鍵は本当に静雄さんの部屋の鍵で難なく開いて扉が開いたときは心臓がバクバク鳴って仕方なかった。
玄関には静雄さんが掃き捨てたって感じに靴が置いてある。
つまり今いるってこと。
一緒に酒のんだからたぶん臭いよ、と幽さんが言ったとおり酒臭い。飲んだことない僕はこの空気だけで酔いそうだった。
足音が鳴らないようにちょっとずつちょっとずつ廊下を歩いていく、リビングに繋がる扉は開いていたから、僕はそこからそっと顔を出して中を見てみた。
たぶん部屋で寝てるかも、なんて思ってたんだけど、そこに静雄さんがいる。
ソファーの上で仰向けで寝ていた。
いきなり目当ての人を見つけてしまったから、僕の心臓はさっきよりうるさく鳴る。
そろっと中に入って静雄さんのところまでゆっくり歩いた。
幽さんに言われたのは、実は兄に睡眠薬を持った、ってことだった。
はぁ? と思っている中幽さんは続ける。
兄貴じゃ睡眠薬なんて大したもんじゃない、いつもより眠りがちょっと深いくらい。
だから今なら忍び込んでもばれないと思うよ、ってなんで僕が忍び込む前提の話になっているのか!
「……でも、言いたいことあるならやっぱり直接言った方がいいよ、か」
そう言われて忍び込む決心がついてしまった。
ドキドキしながら静雄さんの寝てるソファーへ向かう。起きた感じはしない。どれだけの睡眠薬を飲ませたんだろう、なんて思いながらソファーの前につき、顔の前でしゃがむ。
サングラスは外してる。
あぁ格好良いなぁ、綺麗な顔してるなぁ。
「……静雄さん、」
思わず名前を呼ぶけど、返事はない。寝息だけが聞こえる。
「好きです」
思わずそう言って、自然に触れるだけの口づけてをしてしまった。
……!
バ、バカ! 何やってんだ僕は!
自分のした行動に軽く冷や汗が出ながら静雄さんを見たけど変わりはない。……良かった。
「……あーダメだ」
「え!」
変わりはないと思った静雄さんがいきなり声を出す。
え、え?
「竜ヶ峰」
「は、はいっ?」
静雄さんは目を開け、体を起こす。
僕は思わずフローリングに正座してしまった。
気怠げに起きた静雄さんは物凄く色気がある……じゃないじゃない、そんな話じゃない!
なんか、今起きたというよりは、前から起きていたような気がするんですが。
静雄さんはソファーに座って僕を見た。
「ったく、お前はどれだけ可愛いんだ」
「へ? わぁっ!」
手首を捕まれ勢いよく立ち上がらされる。
そしてそのまま引き寄せられて、噛みつくようなキスをされた。
「で、どういうことなんでしょうか」
そのまま流されそうになりそうになったけど慌てて我に返って静雄さん胸をたたけば、かなり不機嫌丸出しの顔で離れてくれた。
「どういうことって?」
「この状況がです! 静雄さんはいつから起きてたんですか!」
「最初から。酔ってたって人の気配で起きる」
「じ、じゃあ幽さんは!」
「グル」
僕は平和島兄弟に最初から踊らされていたらしい。
はぁ、と溜息を吐いて静雄さんの横に座った。
静雄さんは僕を見ながらぽんぽん頭を叩く。限りなく力を入れないようにしてくれてるのはその優しい手付きで分かっていた。
「……帝人」
「! え、あ、まさ、か、幽さんから聞きましたか?」
「それだ。なんで幽に相談した。何で直接俺に言わねえ」
言える訳ないです……下の名前で呼んでもらいたい、なんて。
幽さんと話したとき、一度でいいから下の名前で呼んでもらいたいんですよね、なんて言ったことを覚えてたみたいで、直接ちゃんと言った方がいいって言われた。
でもなかなか勇気が……
「帝人」
「は、はいっ!」
「俺たちは何だ」
「こ……こ、恋、人……です」
「そうだ。だったら言いたいことはちゃんと言え」
「……はいっ」
静雄さんに向けてそう言って笑えば、静雄さんはようやく笑ったか、なんて言って笑ってくれた。
「あ。そうだ鍵お返しします」
「………………それはお前のだ」
「え?」
「だからお前用の鍵だ!」
「えぇー!?」
「……いつでも来い」
- end -
本当はもっとエロに行く予定だったんですけど……いかなかった。
いつかはリベンジしたい……!!!
秋海