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或る兄妹の肖像

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第一章 side:80


 ふ、と目が覚める。窓から外を見やれば、灰色に染まっていた。暗澹とした様子にゆるく息を吐くと、手をついて体を起こす。最近運動していないせいか、少しの動作でも疲労が激しい。
 時計を見れば正午を疾うに過ぎていて、半日程食物を口にしていない事に気付くと途端に腹の虫が鳴る。誰も聞いていないと分かりつつ、辺りを見渡すのは反射的なものだ。
 無機質な部屋は最低限の調度品しかなく、自分の周りにあるのは先程まで寝そべっていたソファと、側にある机くらいだ。机の上にはラップのかかった皿が置いてあり、横に書き置きが添えられている。
『時間無くて適当になった。ごめん』
 決して上手いとは言えないが、どこか温かみのある文字。筆圧が強すぎてへこんだ箇所を指でなぞると、知らない内に笑みが漏れた。食事を用意してもらえるだけで望外だから、謝る事なんてないのに。だが、その優しさが彼の長所だ。
 丁寧にラップをはずすと、皿の上に所狭しとおかずが並べられていた。こんもりとしたご飯の周りにエビフライ、ハンバーグ、スパゲティとサラダにデザートのプリンまで。まるでお子様ランチの様だが、盛りつけが随分と雑だった。おそらく総菜をあるだけ置いたのだろう。その様が容易に想像出来て、再び声を立てずに笑った。
 ここにはいない彼に感謝するように手を合わせ、箸を手に取る。一人で食事をしているせいか、どれも味気なく感じられ、箸が進まない。それでも全てを腹の中に納めれば、確かに飢餓感がなくなった。
 箸を置くと、傍らに置いたままだった書物を手に取る。文字を美術品のように飾り立てたそれは衒学主義で固められ、酷い酩酊感をもたらす。決してこの場にはない幻惑の世界は夢よりも魅力的で、しばし時間も忘れて読みふける。
 ドアの開く音で我に返れば、外は闇色に染まろうとしていた。騒がしい足音の後に目の前のドアが開き、

 世界が一変する。

 栗色の髪は上に向かって明るく、頭頂部にある癖毛は彼の性格を表しているように元気よく跳ねている。髪と同色の瞳は眩しい程輝いて、上気した頬はうっすらとした紅色。身に纏う服は彼の好きな--深紅。
 彼の周辺から色褪せていた世界が鮮やかに生まれ変わっていく。壁の色は淡いピンク、カーペットは漆黒に近い紅。純白のカーテンから覗く空は橙から蒼へとグラデーションがかかり、気の早い惑星が存在を主張するように瞬いていた。
 急激に溢れだした情報を脳が必死で処理している間に、彼はにこりと微笑んだ。
「ただいま」
 簡潔に挨拶をすませると、兄はぱたぱた駆けてくる。こちらも出迎えようと腰を浮かしかけたが、左の手首に引っ張られる感覚があった。ちゃら、と鎖が触れ合う音がして、自分が柱につながれている事を思い出す。ほとんど体の一部となってしまったそれに右手を沿わせると、優しい声が振ってきた。
「痛むのか?」
 問いかけに緩く首を振る。寝ていた内に擦れたのか、手首の周りは少し赤くなっていたが、特に痛みはなかった。慣れてしまっただけかもしれないが。
「そっか」
 ほっと息をついた彼に笑顔を向け、自由な手を伸ばす。体を傾けて抱きしめてきた彼の背中に腕を回し、互いに頬に口付けを。触れるだけのそれは単なる挨拶以上の意味はなくて、寂しいと感じる自分に嫌悪する。包むように抱きこむ体からは日だまりの匂いがして、気付かれないように大きく吸い込んだ。温かな体に身を埋めていれば心まで穏やかになって、この時が永遠に続けばいいのにと思う。
 勿論そんな願いなど叶うはずもなく、温もりはすぐに離れていった。触れる事が出来なくなった代わりに、視界一杯に彼の姿が広がる。机の上に目を留めた彼はこちらに笑顔を向け、澄んだ声が耳に届く。
「お、ちゃんと全部食ったんだな。えらいぞ」
 頭を撫でてくれたのが嬉しくて、目を細める。ほんの少しだけすり寄って、ねだるようにすると、髪の毛がかき混ぜられた。随分とご機嫌だな、と言われたので、手が離れないように軽く頷く。彼がいる時はいつだって上機嫌だ。
 とても幸せだった。彼のいる世界が幸せすぎて、いない世界が考えられない程に。そのせいか彼がいない時は感覚が最小限まで鈍くなる気がする。むしろ彼以外の情報は必要ないくらいだったが、それでは生活出来ない。困ったものだ。
「じゃあ、ちょっとメシ作ってくるから」
 彼の声に笑顔を向け、軽く手を振る。すぐに戻ってくるから、ともう一度だけ頭が撫でられて、すぐに離れた体が扉の向こうへ消えた。次第に視界が暗くなって音が遠くなるが、一時的な事だと諦めて目を閉じる。彼が再び姿を表すまでは、肉体も精神も休憩という事だ。
 声の出し方は、とうの昔に忘れていた。
作品名:或る兄妹の肖像 作家名:ましゅろ~