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儘ならないフレンドシップ

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「無くなったぁ?」
「共同ボックス見たけど空やったし、洗濯屋のおばちゃんは出したて言うてはった」
「またかよ…」

多くの生徒が良家の子息子女である学園の寮にはランドリーがない代わりに、毎朝外部のクリーニング店が寮を訪問する。預けられた洗濯物は数日後に共同ボックスに纏めて返されるが、頻繁に取り間違いのトラブルが起こっていた。そのため、普通ならまず間違いを危惧するところなのだが、アントーニョの洗濯物となると話は別だ。もう何度となくこの事態を目前にしているギルベルトは、思わず溜め息を溢す。

「よくもまぁ何度も何度も飽きない奴らだぜ」
「金ないから困るわ。もう学園の教会で借りよかな…」

月に数回、アントーニョの持ち物は無くなってしまう。それは、彼の管理体制の問題ではなく不特定多数の誰かの作為によって行われ、必ず戻らないように出来ているシステム。自費生の中に在って、家柄の良さも金もなく、それどころか親すら持たないアントーニョを差別し、迫害する生徒は少なくない。彼、或いは彼女らによって、このシステムは成り立っている。入学してから今までの間にアントーニョが見まわれた不慮の事故は、両手両足の指を使っても足りないほどに繰り返されてきた。誰もが当然の摂理であるように気にもとめなかったこのシステムに初めて異論を唱えたギルベルトを、事件の当事者は眉を下げて見上げる。

「いつもすまんなぁ。一緒に探してもろて」
「気にすんな。おめぇが悪いことなんて一つもねぇんだからよ」
「…うん、とりあえず、何時もの如くフランシスにはバレんように頼むわ」
「おう」

そう、このシステムは暇な自費生なら誰もが知る暇潰しの一環であったが、その中でも夢や目標に向けて忙しく走り回る専攻生たちにとっては風のそよぐ音より小さな出来事なのである。画家としてのキャリアを持つべく奮闘するフランシスも例外ではなく、密やかに行われる嫌がらせの数々を知らない。アントーニョが頑なに知らせないように努めているためだ。彼のことを何にも物怖じせず生きる強い人間だと信じて疑わないフランシスが在る限り、それは変わらないのだった。


かくして、二人きりの捜索は始まった。ギルベルトは北、アントーニョは南へ、寮をくまなく探し回る。休日の昼時、皆が昼食に殺到するため、どこもかしこも人影は疎らだ。あまり人が寄り付かない空き部屋だらけの南棟となるとそれは顕著で、遠くからの生活音が虚しく響く廊下を歩くアントーニョは、心細さに足早にトイレのドアを開けて大声を上げた。

「すんませ~ん俺の制服おったら返事したって~」

勿論返事はない。しかし、個室の中を確認した途端、彼は動きを止めた。そしてのろのろと床にしゃがみこむ。便器の中にズタズタに破かれた夏服を認めた翠の瞳は、諦観を感じさせるほどに静かで冷たい。ただ、その視線をなんとか床から持ち上げ、その場所から離れるのに要した時間は、決して、少なくはなかった。






「ギル、あったで」

あの後連絡を取りあい、二人は寮の裏で落ち合った。片手に掲げられた布きれと困った様な笑顔を交互に見つめたギルベルトは、鋭い眼光を更に鋭くする。それに気付いてもアントーニョの口元は笑みを象るのを止められなかったが、代わりに何を発することも出来ないまま、黙って彼の側に腰を降ろす。

「トイレにあってん」
「………笑うなよ」
「捨ててあるだけならまだしも、こんなん着れへんわぁ」
「笑うなっつってんだ!」

大声で怒鳴られた途端、張り付けられた笑みは唇を噛み締めることで消えた。その様子にギルベルトが小さく、悪い、と呟く。声が、労りと悔しさに掠れている。アントーニョはそれだけで随分救われたような気がしていた。いつだってそうだ。ギルベルトの怒りや悲しみ、そして喜びは彼に生きる強さを与えてきた。力有るものに踏みにじられてきた両手を、初めて哀れみを持って握ってくれた相手。見返りも期待もなく、ただ、お前は弱い人間で、充分可哀想なのだから泣けば良いのだと言って慰められた日のことは、悔しくもあり、それ以上に安心させられる出来事だったのだ。誰よりも強くなくてはならないと考えてきた今までの自分から、逃げられるような気がして。

「ほんなら、ちょっとだけ背中貸して」
「…初めっからそうしときゃいいんだバカ」

こんな風に脆弱な人間でいられるのは、この背中の前でだけだ。アントーニョはいつものように上半身を傾けて、広い背中に頬をくっ付ける。米神に硬い背骨が当たって出たお互いの間抜けな呻き声に、自然と微笑む。吐息でそれを感じたギルベルトはほっとして目許を緩めると、胸の前に抱えていた膝を力強く叩いた。

「なぁアントーニョ」
「ん?」
「前から言おうと思ってたことがあんだけどよ…ちょうど今二人きりだし、言っていいか」
「ええけど…なんやの、畏まって」
「実はよ、」
「………うん」

背中の筋肉がギュッと緊張して、触れ合っている部分が少しずつ熱くなって行く。胸騒ぎに目を瞑ったアントーニョはその熱さを知っていた。その名が呼ばれる時だけ変わる、ギルベルトの声の温度と、一緒だった。

「……俺さ、フランシスのこと好きなんだよ」

ついにこの日がきたかと、そんな諦念に駆られる。傷付いたのなら泣けば良いと言われたけれど、ギルベルトに付けられた傷にだけは泣きたくはなかった。彼が笑っていてくれるなら、そして胸の痛みが彼に付けられたものなら、それが良い。アントーニョは閉じた目蓋の裏の昨日や一昨日を見ながら、そう思っていた。
傷付くことを恐れずに救ってくれる心に惹かれた。好きだ。とても好きで、とても大切だ。もう一生言えないだろう言葉を飲み込んで、とびきり優しい気持ちで微笑む。それは悪魔的な自分を閉じ込める戒めであり、また逆に抑え切れなかった愛しい気持ちの残滓でもあった。

「そんなん、ずっと前から知っとる」

自分の隣ではない何処かへ行ってしまう熱い手のひらを追えず、一度宙をさ迷い力無く降ろされた指先。冷えて行くばかりのそれを別の熱が暖めるのは、これより少しだけ、未来のお話。