見守っているわけではない
月日の流れを感じさせるほどには、彼だって成長したのだ。髪は伸び、輪郭はすっきりとして、喉元には出っ張りだってある。
「なんだよ?」こちらの視線に気付いて紙から顔をあげた。「いや。君にしては、読むのに時間がかかっているなと思ってね」てっきりこちらの書類の作り方へと文句をつけるかと思った相手は、色の白い顔に血をのぼらせ、言葉につまった。「っあ、あんたが、ちゃんと読めって言ったからだろ?」そんなこと、言ったろうかという顔をしてみせれば、機嫌は急降下で、ばさりと紙束を机に叩きつけられた。
「じゃあな!大佐どの!」怒鳴って足音も荒く、もう、こちらをみることもなく、出てゆこうとする。
「ああ。『大佐』ではないがね」「・・・」ぴたり止まった。まさしく停止状態。無理もない。彼のこの間違いは、ここへくる度だ。あの、『鋼の』殿が、度重なる失態をここで繰り返す。
ゆっくりと振り向く顔には、なぜか申し訳無さそうな色をのせ、「あ~・・えっと、その、准将・・どの」よろしいとばかりにうなずいてみせれば、大変くやしそうな顔で睨まれる。これも、毎度のことだ。
「まあ、雛のすりこみとはよくいったもので」「だれが雛じゃ!」「『大佐』と呼ばれようが、『将軍』と呼ばれようが、君がわたしを呼ぶことに、変わりはない」「・・・」
ぽかんとした顔をされた。ひさしくみる、子どもの顔だった。そしてまた、機嫌がなぜか下降。
「肩書きにこだわるあんたの生き方はどうしたんだよ?」「べつに、変わってない。変える予定も、ない」椅子にふんぞり返るこちらの様子に、なんだか変な顔になる。
「じゃあ、さっきのって」「ああ、あれは、この先わたしがどんなに階級があがろうとも、君の呼び間違いは、甘んじて受けよう、という心の広い」「じゃあな」
ばたんと閉められたドアをしばらく眺める。自分が笑っているのに気付く。この先も、君は君であれ、なんて、年寄りじみた言葉を思い起こす。
整然と並び行進する軍人の波中で、君はきっと、どくこともせずにそこに立つ。
それでいいんだとは言ってやるのは、わたしの仕事ではないだろう。
作品名:見守っているわけではない 作家名:シチ