寂しさのサイン。
「ヴェストー、ルツ、ルッツー」
兄が己の名前を連呼する時は、決まってろくな事がない。ルートヴィヒは小さく溜息を吐き、くるりと後ろを振り向く。
ろくな事がないとわかっているのに振り向くのはなぜか。答えは簡単だ。相手をするまであちらは自分の名前を呼び続けるし、仕舞いにはぺしぺしと頭を叩く実力行使に出たりするからだ。
「……何か用か、兄さん」
「用もなく呼ばねえだろ。なあルッツ、ホットケーキ焼いてくれよー。あ、もちろんメープルたっぷりでな!」
「……俺は今仕事の最中なんだが」
見て分かるだろう、と顔をしかめればギルベルトはそれをハッ、と鼻で笑い飛ばす。
「そんなの家にまで仕事持ち帰ってるお前が悪いんだろ」
確かにそれは正論だ。仕事というのは仕事場で片付けてくるべきであるということはルートヴィヒも痛いほどわかっている。
が、ギルベルトのそれは明らかにわがままだ。ただしこのわがままでさえもいつものことで、ルートヴィヒはもう一度小さく溜息を吐くと立ち上がる。
「なんだよ溜息なんか吐きやがって。眉間に皺寄ってんぞ」
「誰のせいだと思っているんだ誰の。すぐには出来ないぞ」
「おー、さすが俺のルッツだぜ!」
嬉々としてキッチンに向かうギルベルトにルートヴィヒは思わず笑みを漏らす。結局こうしてわがままに付き合ってしまうのは、相手を好いているからだ。
自分も大概兄に弱いな、と呆れながら己もキッチンへ向かえば、そこには既にホットケーキの材料と道具が用意されていた。
「兄さん……ここまで準備したなら自分で焼けば良いだろう」
「ヴェストの焼いたホットケーキが食いたいんだよ。な、ほら早く焼けって」
ホットケーキ焼けたら次は俺様に構えよ! とふんぞり返る兄に苦笑し、Ja. と肯定の意を示す。
わがままなのはいつものことだ。けれど、兄のわがままを嬉しく感じる自分を知っているからこそ、ルートヴィヒも笑う。
寂しいと素直に口にできない兄のために、仕事は後日頑張ることにしてルートヴィヒはホットケーキを焼き始めた。