赤く轟く、そのすべてを
「ヴェストー♪」
後ろから名を呼ばれた、と思ったら、振り返る間もなく勢いよく抱きつかれた。
「ヴェースト、ただいま~!」
回された手が腹の前を回り、ぎゅうと強く締め付けられる。
背中に感じる温かさと首に触れた細い髪が、わずかにくすぐったい。
「……兄さん、いきなり抱きつくのはよしてくれと言っているだろう」
たまたま何も持っていなかったからよかったものの、手に持っていたら驚いて落としてしまっていただろうに。
「だってよー、部屋入ってヴェストの背中があったら、抱きつきてぇーって思って我慢できねーだろっ」
甘えた声で抱きついてこられると、つい強く出れなくなってしまう。
耳元にかかる吐息と声を感じながら、くすぐったささえ愛しく思えた。
「ヴェーストー…」
回した腕を一度放して、正面に向き合う。
いまでは俺の方がわずかに高くなった目線。兄さんの銀の髪がふわりと俺の前に現れたかと思うと、身構える隙もなく視界いっぱいに銀が広がった。
「うわぁ!?」
「やっぱ抱きつくなら正面からだよな~♪」
「……あのなぁ、兄さん」
「あんっ?」
胸元に頬をすり寄せて、力いっぱい抱きついてくる兄さんを見る。締める力をまったく緩めず、目だけでちらりと俺を見上げると、兄さんはにぃっと無邪気に笑った。
「昔は俺が抱きしめてやったのに、今は俺が抱きつくようになっちまったな! でかくなったなーヴェストっ!」
……いかん。
無邪気すぎる笑顔に、視界がくらりと回った。
そんな風に無邪気にされると、相手か自分の兄だということさえ忘れてしまいそうになる。どうして兄さんはこうなんだ。
「……あのなぁ、兄さん、俺はこれから部屋の掃除を……」
「そんなの、後でもいいだろっ。俺はいま、ヴェストに、抱きつきてーんだから! ヴェストは、ちげーの?」
「いや、違うことなどないが……」
「じゃあーいいじゃんか。俺たち両思いだもんな~! ヴーェスト!」
……名前を呼ばれるだけで、こんなに愛しいと思う俺は、日本のいうところの変態というものなのだろうか。
実の兄を相手に、こんな感情はいけないものなのだと、わかってはいるのだが。
「ヴェスト」
不意に、視界が暗く覆った。
原因を考える前に、唇に柔らかい感触が押し当てられる。
さっきまで背中に回されていた兄さんの手が、いつのまにか首の後ろに回されていたことに、今更気付いた。
暗く翳った視界をよくよく見ると、赤い光がうつる。兄さんの目だ。
赤い瞳はまっすぐに俺を捕らえまま放さない。俺は、その獣のような瞳から目をそらすことも閉じることもできずに、まっすぐに見つめ返した。
「んっ……♪」
唇の先に触れるものを感じて、そっと唇を薄く開く。口内に侵食してきた暖かなものが兄さんの舌だとわかって、ようやく、自分がいま兄さんにキスされているのだとわかった。
深く、兄さんに飲み込まれそうなキス。絡めとられた舌は熱く溶けてしまいそうだ。
見つめ合った兄さんの目が、悪戯に笑う。その淫靡な歪みに、体がカッと熱くなった。
「兄さん!」
細い両肩を掴んで、思い切り引き離す。
名残惜しそうにちぇっと舌を打つと、兄さんは、首に回していた手を自分の唇にあて、楽しそうにその親指を舐めて笑った。
「……キスだけじゃすまないんじゃね?」
獲物を狙う、獣の目。その奥に、俺を求める赤い炎が宿る。
あぁ。この目だ。
この熱く燃える瞳が、俺を熱くさせる。
「…寝室は、もう掃除が終わっている」
「おっ。洗い立てのシーツ、最高だぜ~!」
ケセセセ、と癖のある笑いをして、兄さんは寝室へのドアに手をかけた。
「ヴェスト、愛してるぜっ♪」
「あぁ……」
「お前も俺のこと、愛してるだろ?」
「……返事はいまからベッドの中でしてやる」
銀の髪。赤い瞳。俺よりは細いその体が、どこまで貪欲に俺を誘う。
熱にうかされたような気分だ。
空いた方の兄さんの手をとり、そっと口付ける。熱くなった体は、獣の心が移ったかのようだ。
愛しい、このすべてを貪りつくしたい。
その瞳が、涙に濡れて俺の名を呼ぶまで。
「キスだけじゃすまさないぞ、兄さん」
END
作品名:赤く轟く、そのすべてを 作家名:せらきよ