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雪に咲く花

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雪に咲く花


 あの日見た雪を忘れることなんてできないけれど
 思い出は、手のひらの中で暖めて、越えていくものだから。

「リトー? 早く家入らんと風邪ひくしー」
「あ、うん、ごめんポー。ちょっと待ってね」
 チラチラと降り出した今年一番の初雪に空を見上げて佇むと、家に駆け込んだポーランドが不思議そうに俺を振り返った。
 銀色の空から零れ落ちていく、粉砂糖のような雪。シンシンと舞い落ちるそれは、華やかで綺麗だ。
「リートー!」
「いまいくよ、待ってて!」
 玄関の扉を手で押さえたまま、ポーランドがイライラした声をあげて俺を呼ぶ。
 その声に笑顔で振り向くと、俺は荷物を持つ両手の形を思いながらゆっくりと歩き出した。
 あの日も、こんな風に両手を広げて、俺は雪の中に佇んでいた。

 あの遠い雪の日。
 キミと離れた手が、ゆっくりと熱を失って冷えていった、あの日のこと。
 雪は時間さえ眠らせる魔物のように思えた。冷えていく体、弱くなっていく声。
 そんな中でさえ、気丈であろうとしたポーランドの姿が、
 俺には、雪の中に咲く花のように思えたんだ。

「なにしてたん?」
「ううん、心配させてごめん、ポー。ありがとう」

 扉を押さえてくれていたポーランドにお礼を言って、両手いっぱいに抱えた荷物を玄関に下ろす。
「ふー……肩凝ったー」
「遅いし! 玄関開けっ放しのまま待たせるとかありえんくない?」
「ごめんってば。っていうか、ポーも荷物少しぐらい持ってくれてもいいのに……」
「なんで? 俺はリトを鍛えさせてあげてるんよ? 感謝するべきだしっ」
 なにそれ、と笑おうと思ったところに、ポーは不意に視線をそらせてうつむいた。
 どうしたの、と肩に手を置こうとした途端、開いた腕の間にもぐりこむように、ポーがいきなり俺に抱きついてくる。

「ポー?」
 ぎゅう、と強く俺の背中に回された手が締め付けられると、胸のあたりの苦しさにげほっとせきが漏れた。
「ちょ、ちょっと、ポー、どうしたの……苦しい、苦しいって」
 強い力。ただ抱きつくだけじゃなくて、強く抱き締めるそれは、抱えたものをどこにも手放なしたくないという言葉のように。

「ポー……?」

「リトはさぁ、なんでしょっちゅう辛気臭い顔するん?」
 胸元で呟いた声が、消えそうに小さい。

「えっ?」
「さっき。初雪が降ると、いつもあんな顔してるし。気づいとらん?」
「辛気臭い顔って……俺、笑ってたよ」
「だから」
「?」
「リトのあーいう笑い。辛気臭いし。変だし」
「……ポー」
「あんな、誰かを見送るような顔して空を見上げるの、ありえんし」
「………そんな顔、してたんだ」
「うん」
「ごめん、ポー」
「最悪やし」
「……でも、違うよ。俺はもう、何も考えてないよ」
「はっ?」
「ただね、懐かしいって思うだけなんだ。俺はもう、あの日を越えたから。俺はもう、目の前のことしか見ないって、決めたから」
「………当たり前やし」
「うん。だから、心配かけてごめんね、ポー」
「ホントやし。俺に心配されるとか、もう絶対したらいかんし」
「うん……ありがとうね」
「………ん」


 あの雪の日。開いた手のひらの中、消えていった熱を思い出す。
 季節がめぐり、落ちていった花が再び春に咲くように、キミは再び俺の前で笑ってくれたから。
 過ぎ去っていった冬を春に思い返して嘆くことなどないように、
 俺はもう、あの日の悲しみを今のキミに重ねたりしない。

「ポーランドは、雪の花みたいだね」
「はぁ?」
「大好きだよ、ポー」
「はぁ??? ちょ、リトが変やし! キモいし!!」


 抱き締める熱を確かめながら、花びらのような前髪をそっと開いてそっと唇をあてる。

「ポーランドが俺といてくれて、本当に嬉しい」
「………っ、なんなん? リト、ほんと、変やし……」

 唇に触れる柔らかな温かさは、キミの命のよう。

「てゆーか、俺の方がよっぽどリトのこと好きやし。負けんし」
「うん。俺も、負けないけど」


 重ねた手のひら、見つめあう瞳。くすぐったそうに笑う、キミの笑顔。



 ポーランド。
 キミはまるで、冬に咲く力強い花。 


END

作品名:雪に咲く花 作家名:せらきよ