キスから始めよう
「ねぇ…カナダはイギリスのこと好き?」
「はい、好きです」
それは衝撃的な愛の告白。
迷いもなく肯定された言葉はひどく端的で、日常的で、一瞬聞き逃してしまいそうだった。
世界会議の間の休憩時間。
いつものようにきっと影が薄くなっているであろうマシューをからかって遊ぼうと思ったのに、見つけたマシューは珍しくイタリアと一緒に話してた。
何を話してるのか気になるのは、俺以外の人と話してるマシューを見るのが珍しかったから。
だから見つからないようにそっとマシューに近寄ったんだ。
そして聞こえた言葉。
いつも抱いてるクマ二郎をぎゅっと抱きしめて、嬉しそうに笑って言った言葉。
ーはい、好きです。
ーー好きです。
ーーー僕は、イギリスさんのこと大好きです。
(ないだい、それ。なんだいそれ。マシューがイギリスのことを好き?なんで、そんな…今まで俺にはそんなこと一度だって言ったことなかったのに。)
あ、違う。
そうじゃない。
マシューはいつだって言ってた。
小さい頃、俺とマシューとアーサーと一緒に暮らしていた頃、マシューはアーサーは優しいし、カッコいい、と頬を染めて嬉しそうに言ってたんだ。
今はお互いイギリスから独立したから、そんな風に言うことはなくなったけど、今だってイギリスのことを好きだってことは十分考えられたのに。
(だって、あの頃は恋とか愛とか知らないし、マシューはその後、必ず…)
昔のことを思い出しそうになってはっと我に返る。
ヤバい、なんだかドキドキするぞ?なんでだ?
「だ、だいたい、俺たちは兄弟じゃないか。兄弟に恋人が出来たのは喜んでやるべき…」
嫌だ。
嫌だ嫌だ。
マシューが誰かのものになる。
俺以外の他のヤツの前で笑うなんて、絶対に許さない。
マシューは俺のそばでいつも困ったように笑って、俺のためにホットケーキを焼いて、頼んでもないのにメープルシロップをいっぱいかけて、俺の食べるところを見てにこにこ笑ってれば良いんだ。
それだけで、俺は…
「あ…」
マシューの笑顔が脳裏をよぎった瞬間、ぱっと目の前が明るくなったような気がした。
そうだ、なんでこんなことに気づかなかったんだろう。
近くにいすぎて気づかなかったのか。
それともただ気づきたくなかったのか。
でも、もう気づいてしまった。
俺はそれをなかったことにはできない。
だって、ヒーローだから、ね。
衝撃の告白を聞いてから、無意識にマシューから離れてしまっていたから、慌ててマシューを探す。
マシューはなぜかイタリア以外の奴らにも囲まれているのが見えた。
今ならはっきり分かる。
マシューの存在がはっきりすることで、マシューが他の奴らに笑顔を振りまくのはすっごく嫌だ。
「マシュー!」
「アメリカ?どうしたんだよ、そんな怖い顔して」
急いでマシューに駆け寄るときょとんとした表情のマシューが俺を見つめる。
さっきの告白が頭をよぎる。
でも、あんな告白認めないんだぞ。
だいたいマシューはイギリスに直接言った訳じゃないんだから。
俺は違うぞ、マシュー。
俺はヒーローだからね。ヒーローはいつだって正直者なのさ。
「マシュー!俺は君のことが好きなんだぞ」
「…っ!?な、なんだって、いきなりそんなこと言うんだい、アル!子どもじゃないんだから、昔みたいに何でもすぐ口に出すのやめてよ、恥ずかしいだろ!」
「全然恥ずかしくなんかないさ。俺はマシューが好きなんだ。マシューがイギリスのこと好きだとしても俺は絶対諦めないんだぞ。」
「え?」
ここまで一気に言った後、マシューの顔が慌てた顔からきょとんとした顔になってることに気づいた。
周りの奴らも驚いたり呆れた顔をしてたり、意味が分からないという顔をしてたり、まったく意味が分からないのは俺の方だ。
「ねぇ…アメリカ。なんで、いきなりイギリスさんが出てくるのさ?」
「だって、君は…」
首を傾げ、意味が分からないという風に俺を見つめるマシュー。
こんな大勢の前で、マシューの気持ちを改めて言ってしまうのは躊躇ってしまう。だって、言ってしまえばみんなに知られてしまう。そうすれば、イギリスの耳にだって入ってしまうじゃないか!そんなの本末転倒ってもんだろ。
「ねぇ…カナダぁ。アメリカはさっきの俺たちの話を聞いてたんじゃない?」
「さっき?」
「カナダがイギリスのこと好きだって言ったでしょ?」
「あ、うん。でも、それは…」
「うん、そう。カナダは、その後、俺のことも日本のこともドイツのことも、フランス兄ちゃんのこともみんな好きだって言ってくれたよね。」
…は?
まさしく目が点になるっていうのはこのことだ。
次の瞬間には、自分の顔から火が出てるんじゃないかってくらい熱くなるのを感じる。だって、今のは完全に俺の勘違いで告白したってことだ。しかも、慌ててたとはいえこんなみんながいる目の前で。
いくらヒーローの俺だって恥ずかしくないわけがないじゃないか。
「うん。だって、俺にはみんな同じくらい大好きですから」
「俺もカナダのこと大好きだよー!」
「うわ…っ、ちょ、イタリア君っ!?ふふ…ありがとう」
嬉しそうに笑うカナダに笑顔で抱きつくイタリア。
カナダも抱きつかれて驚いてたけど、すぐに嬉しそうに笑って抱きとめる。
なんだっていうんだい、マシュー。せっかく僕が一大決心で告白したのに、なかったことみたいに他のヤツを抱きつかせるなんて。
イライラと感情が高ぶるのを感じる。
嫌だ、と思った瞬間、ぐいっとイタリアからマシューを引き剥がして自分の腕の中に閉じ込める。
「…うわ、ちょ、アル!?いきなり、なに…」
「マシュー・ウィリアムズ!俺は君が好きだって言ったぞ。君はどうなんだい!?はっきりするんだぞ!」
さっきの俺みたいに真っ赤な顔で目を白黒するマシュー。
人前だとか、いきなりなんでとか、きっといろんなことが頭を駆け巡ってるんだろうってことは見てれば分かるけど、今は答えるまで放してなんかやらないんだぞ。
「あ、アメリカは、僕の大事な兄弟だし、お隣さんだし、小さな頃から一緒にいたし…好きっていうか、その、すごく大事なんだ」
「マシュー…」
すごく嬉しい。顔が緩むのが止められない。
マシューが俺のことを大事だと言ってくれたことが。
お互い当たり前にそう思っていることは分かっていた、というか信じて疑いもしなかったけど、やっぱり口に出して言葉にしてくれるのは嬉しい。
「マシュー…!それじゃぁ…」
「君と兄弟でいれて僕はホントに幸せだよ、アル」
……ん?
何かがおかしい。
どこかで間違った気がしてならない。
俺はどこで選択を間違ったんだ?
目の前には満面の笑顔のマシュー。
頬を赤く染めて嬉しそうに笑う姿は本当に、その、可愛い。
「マシュー、俺は…」
「おい!会議始めるぞ!さっさと席につけ!」
「あ、はい!すみません、イギリスさん!ほら、アルも行こう!?」
訂正をする前に相変わらずのKYイギリスに邪魔された。
ホントに邪魔なんだぞ、イギリスは。
でも、久しぶりにマシューに手を引かれるのは悪くないんだぞ。