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聖母

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「不毛、」
彼女は言った。
「不毛すぎるわ。実らない恋など存在しないのと同じことよ、貴方ちょっと変なのね」
君に言われたくない、と海藤は言おうとしたがぐっと飲み込んだ。彼女の──長谷の瞳は明らかな不安の色を湛えていたから。だから少しだけ海藤は言い方を変えた。
「何故……君にそのような謂れを受けなければいけないんだ」
長谷は、他人からではわからないくらいに息を呑んでから、海藤を食い入る様に見つめた。
「わからないのね、」
長谷がちっとも不思議じゃないみたいに言うから海藤も意固地になってふん、などと鼻を鳴らす。
「わからないさ」
長谷はふいに何かを思い出したのか、それとも会話に飽きたのか、海藤の前を去ろうと歩きだしてしまった。(怒らせてしまったのか?)海藤がおろおろとその背を追いかけるようにすると、微かに長谷の鈴の音みたいな声が聞こえた。
「心配なのよ」
ああ、憐憫か。その一言に海藤はすっかり縮こまってしまってそれっきり長谷の背中を追いかけるのは止めた。


不毛。ただ憧れることの何が不毛なのだろうか。この気持ちは恋とは呼ばないのに。もし、この気持ちが長谷の言う恋だとするのなら。(これは初恋だ……)
やはり長谷が言うようにこれは不毛だ。一方通行にすら成り得ない。知られなけらば、ないのと同じことだ。長谷は巧いことを言う、と今更ながらに関心する。
海藤は思う。やっぱり長谷は怒ったのだろう。何も知らない子供に対して苛々するのとこれとは似ている。謝らねば。だが一体何を? 形を成さない感情に対しての謝罪を長谷が素直に受け取るか疑問だった。受け取って流されてもそうだと思うし、拒絶され「貴方駄目ね、」とか言われてもそうだと思った。
(実らない恋など存在しないのと同じことよ)
彼女は女性なのに──偏見かもしれないが、随分夢のないことを言うのだと。それを言ったら海藤は男性なのに存外ロマンチストなのだろうが。
長谷の言葉は何だか冷たい棘のようで海藤の心臓をじわりじわりと蝕む。


「あ」、と声に出してしまってぴしゃん、と口を掌で覆った。図書室に向かう途中の廊下で3m先を歩く鈴木さんを見つける。自然と心臓が高鳴って、近付きたいやらそうじゃないやらでふらふらと行ったり来たりしていると、気が付いたら長谷が後ろに立っていた。肩がほんの少しぶつかり合う。
ごめんと謝罪を述べようとして噤んだ。
長谷の瞳は恐ろしくまっすぐ、ただの一人を貫いていた。(あの男……)
笑いあう二人がぼんやりと眩しかった。眩しくてとてもじゃないけど見られなかったので長谷を見た。長谷はその長い睫毛を瞬かせて、随分長い間あの男を見ていた。だがやがて諦めたようにそっとその瞳を伏せた。
「へーすけえ! すずきい!」
後ろからすごい勢いで犬のような男が走ってきたので海藤も長谷も驚いて道を開けた。鈴木さんのちょっと間延びした声で、「おう、佐藤」なんて答える声が聞こえる。
あの人も、あの男も、名前を呼んでもらえるのに。この距離でいて鈴木さんは俺の名前すら知らないなんて。握りしめた拳を開いては閉じ、閉じては開いた。
「……同じね」
長谷が小さく言った。それに同意を込めて頷く。
「だから言ったのよ、不毛だって」
長谷の瞳を覗いた。だがやはり長谷の瞳は何も変わらない。ただ言えるとしたら。(君の瞳も、)(そうやって悲しく映ることもあるんだね……)
「それでも僕は……愛を勝ち取るために傷つくのだと……、信じてはいけないだろうか」
長谷が一瞬微笑んだように見えた。海藤も微笑み返そうとしたところ、やっぱり長谷が「馬鹿ね、」と言うので結局むっとしてしまった。
「それだから心配なの」
長谷が歩きだす。海藤はぴったりと今度は隣に並んだ。
「でもそんな貴方が私は好きなのかもしれない」
廊下に差し込む柔らかな日差しが、長谷の横顔を優しく照らした。それを聖母のようだと思って海藤は心の中でそんな己自身を嘲笑した。
作品名:聖母 作家名:しょうこ