誰か職権乱用の許可を!!
ラクスは今にも泣き出しそうな震えた声で、あんなにお願いしていましたのに、と叫んだ(カガリはこの台詞をもう三度聞いている)。 僕はまったく興味のない番組なんだから忘れたって仕方ないじゃないか、とはキラの言葉である。ちなみにラクスは気付いていないが先ほどは時間を間違えていたから録画できなかったと言っていた(その前はプログラムを組んでいて時間に気付かなかったといっていた)。
それよりもお腹すいたなあと思いラクスたちを挟んで向かいに座っているアスランを見ると、ぼーっと台所の鍋を眺めていて、どうやら考えることは同じだったらしい。
今晩はビーフシチューですからぜひ、とラクスに誘われ、仕事終わりにアスランとラクスたちの元へやって来たのが今からちょうど十分前で、その時にはすでにただならない雰囲気だった。数分後には言い争いに発展し、今に至る。
最初はどうにか二人を落ち着かせようと奮闘していたカガリだったが、すぐに無駄だと悟り、今は二人に適当な相づちを打ちながら、見守っている。
端から傍観者に徹していたアスランは薄情に見えるが、利口だとカガリは思った。さすが自分より二人とつき合いが長いだけはある。
アスランはもう二人を意識の外へ追いやっているらしく、無言で台所へ向かうと、シチューを温め始めた。二人の意識が自分に向いていないのを確認して、カガリも台所へ急いだ。アスランの用意してあった皿が二枚だったことに安心して、カガリも夕食の準備にかかった。
「なあ、どうするんだ?」
「どうもこうも。俺たちには関係ないし、俺は止められないし」
確かに口べたなアスランは二人を止められないだろうとカガリは思った。自分もすぐ熱くなる質だから無理だ、とも。
シチューとパンを装った皿をアスランから受け取って、カガリはリビングのテーブルをちらりと見た。先ほどと変わらずキラとラクスが言い合っているのが見えた。
テーブルで食べることが躊躇われて、どこで食べるつもりなのかとアスランの様子を伺ったが、「とっとと食べて、お暇させてもらおう」とキッチンに凭れて食べ始めていたので、カガリも立ったまま食べることにした。
豪快にシチューを口に放り込むアスランを見ながら、いいとこのボンのくせに、と自分のことは棚上げで心の中で悪態をついた。
「でも、あのまま放っておくわけにはいかないだろう?」
「どうして?」
アスランはパンとシチューを水で一気に流し込んだ。せっかくのビーフシチューなのに、味が台無しだろうなと思いつつも、アスランに置いて行かれないようにカガリも負けじとシチューをかき込む。
「仕事終りで疲れてるのに、なんでこんなバカみたいな喧嘩に付き合わなきゃいけないのさ」
まったくそのとおりだとカガリも思っていたのだが、アスランの遠慮のない物言いに、二人を庇わなければと、咄嗟に考えてしまう。悪い癖だ。
「もしかしたら大切な番組なのかも。政治のニュースとか」
「ラクスがそんなの見るわけないだろ」
即答である。おそらく、最近のドラマか歌番組だろう。と続けるアスランは、やっぱり元婚約者なんだなあと思う。婚姻統制のためで愛はなかったというが、それでも二人しか知らない時間が確かに存在するのだ。
「あ!ずるいよ!」
アスランが食べ終えて、食器をシンクへ置いた頃、ようやくキラが自分たちに気づいた。アスランたちも食べてるし、と夕食を提案するキラは少し嬉しそうな顔で、もしかしたら早くラクスから解放されたかったのかもしれないとカガリは思った。だったらアスランが台所へ行ったときに、二人に声をかけてやるべきだったなあと少し申し訳なく思う。
食べかけのシチューの皿をテーブルへ運ぼうとカガリが動こうとしたのをアスランが止めた。直後にラクスの鼻をすする音が聞こえた。
「まだ話は終わってませんのに…」
「歌番組が見れなかったくらいで泣くことないじゃないか!ドラマならまだわかるけど」
鼻声で紡がれる恨み事を、怒鳴って返すあたりキラも相当イライラしていることがわかる。慰める気はないらしい。
再びヒートアップし始めた怒鳴り合いを聞きながら、残りのシチューを流し込む。もう味わう気にはなれなかった。ほらな、とアスランは溜息をつき腕時計を見る。明日はそういえば朝一で会議があった。
歌番組なら他にもある。あの番組でなければいやなんです。低レベルな喧嘩は続く。
明日の会議にはテレビ局の関係者が出席していたはずだ。本題に入る前に今日ラクスが見逃した歌番組を再放送できないか聞いてみようとカガリは思った。
けれどその前に、相変わらず我関せずで皿を洗っているアスランに、許可をもらっておかなければ。その時自分の好きなテレビ番組を聞いてみようと思った。
作品名:誰か職権乱用の許可を!! 作家名:りっか