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とある職場の恋模様

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「山田は、佐藤さんのこと嫌いです」

ちょうど忙しさのピークを抜けた頃で一息ついていた時、突如として現れた自分より幾分か小さい少女、山田が、頬を少しだけ膨らませて見上げていた。
いきなり何なのだろうと疑問符を浮かべてみるけど、おおよその見当はつくから、すぐに苦笑気味に頭を撫でてやる。

「今度は何したの?またお皿割っちゃった?」

「違います!山田、今日はまだ何もしてません!」

珍しい、と感心するように小さく息を漏らすと、山田さんは更に頬を膨らませてきた。

「ああ、ごめんごめん、別に馬鹿にしてるとかじゃないから…って、じゃあ、なんでいきなり佐藤くんが嫌いって話になるのかな?」

尚も頭を軽く撫でながら問う。
すると、彼女は不貞腐れたといった面持ちで、ゆっくりと口を開いた。

「佐藤さんは、相馬さんを独り占めするから、嫌いなんです」

「え、俺?」

上下に一度大きく頷いて見せる山田さんに、そうかな、と思案を巡らせてみる。
第一、佐藤くんは轟さんが好きなわけだし、俺なんか独占してどうするの。
それに、佐藤くんに俺を独り占めさせた覚えはない。
いつも一緒にいるのを“独り占め”という名前で呼ぶのなら、勘違いも甚だしい。
だって、同じキッチン担当なわけで、一緒にいる時間が多いのは、ホールの山田さんに比べて多いに決まってるから。
しばらく俺が黙っていると、山田さんが大きく息を吸い込んだ。

「山田だけじゃないです、佐藤さんは、相馬さんに他の誰かが近づくのを嫌がるんです」

「佐藤くんに限ってそれはないよー」

轟さん相手ならまだしも。
苦笑しながら軽く手を左右に振ると、山田さんは迷いのない凛とした瞳で俺を捉えた。

「何でですか?」

「え、何でですかって言われても…佐藤くんは轟さんのことが好きで、」

「何言ってるんですか?佐藤さんが好きなのは、っむぐぅ!?」

山田さんの言葉が不自然に途切れる。
その原因は_

「佐藤くん、いきなりどうしたの?山田さん、苦しそうだよ」

「こいつの言うことは聞くな、耳に入れるな、ついでに山田を視界にも入れるな」

「そんな無茶な…」

はは、と乾いた笑みを浮かべたあと、ふと山田さんの言葉を思い出す。
あの時、彼女はなんと言葉を紡ごうとしていたのだろう。

「あの、佐藤くん、山田さんに聞きたいことあるから、離してあげてくれないかな?」

「あ?…さっきの話なら、忘れろ」

「むぐぐぅううーっ!!!」

言いた気に、山田さんがばしばしと佐藤くんの腕を何度も叩く。
それでも一向に離す気配を見せない佐藤くんに、痺れを切らした俺が意を決して口を開く。

「佐藤くんが好きなのって、轟さんじゃないの?」

「…だったらなんだ」

本当なんだ、と驚きに目を見開く。
それでは、佐藤くんが本当に好きな相手とは一体誰なのだろう。
あの長年の片思いの相手、轟さんより魅力のある女性と理解していいのだろうか。
それよりも、この職場の女の子なのだろうか。
それともそれとも…。
降って湧いてくる疑問の数々に、高鳴る胸が抑えられない。
好奇心丸出しの輝きを放ちながら、ずいっと身体を前のめりにさせる。

「ねぇねぇ、その相手って誰?俺の知ってる子?協力するからさー教えてよ、好きな子」

わくわく、と、文字で表すならそんな感じの俺に、佐藤くんは溜息一つ。
あれ?なんで溜息?

「えっと…じゃーあー、種島さんだ!」

「…本気で言ってんのか」

「え?違うの?だってあれだよ、好きな子ほど虐めたいって言うし、佐藤くん、鬱憤晴らすためとか言いながら、実は種島さんのことが好きだから構ってたとか…え、ちょっと待って、なんでフライパン?え?やめてっフライパン痛いから!」

ひーっと怯えた声をあげながら、頭を手で覆い隠す。
痛いんだよそれ、本当に冗談抜きで!
それに、いつもならまだしも、今は佐藤くんを怒らすようなことはしてないよ!

「さとーくんのばかー!暴力男ー!」

わーわー喚きながら、俺はそそくさとその場を離れる。
ちっ、せっかく話が面白い方向に向いてきてるっていうのに、詳しく話を聞けずじまいだなんて。

「ま、いいや、また今度聞いてみようっと」

ガッツポーズを一つ。
だから、この職場、大好きなんだ。
こんなに面白いこと、余所ではお目にかかれないしね。







「相馬さんって、自分のことには鈍感なんですね。佐藤さん、可哀相ですー」

「…言葉の割には、目が輝いてるぞ、山田」

金髪の彼の恋は、いつでも前途多難。
作品名:とある職場の恋模様 作家名:arit