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かつみあおい
かつみあおい
novelistID. 2384
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神聖ローマを待ちながら

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石橋の隙間には雑草が顔を出していた。苔でできたわずかな土から、クローバーが這っている。花冠を作れるほどたくさんは咲いていない。
 歩いてきたイタリアは欄干にもたれかかった。下には干上がった川、とび橋のなごりのような岩が遠くにぽつり見えた。
 ああ、今日も晴れている。

 欄干には先客がいた。
 頬がぷっくりとした子どもだった。頭には、召使らしく布を巻き、スカートの下から足をぶらぶらさせていた。ほんのり花と埃と絵の具の匂いがした。
 耳の上には、白く細かい花びらを集めた飾りが付いていた。茎が飛び出てしまっていたが、瑞々しい花だった。もうどこにも残っていないような。

「誰を待っているんだい」
「神聖ローマをまってるの」
 そう、とイタリアは相槌をできるだけやさしく言った。
 普通の調子で言うときでさえも、相手は安心するイタリアの口調の中でも、飛びきりで、生まれたばかりの雛の胸元のような柔らかい響きがあった。
「あなたは」
「俺も神聖ローマを待ってるんだ」
 それでも子どもは、姿に不似合いな伝統的な言い回しを、ややたどたどしく使った。

 欄干はイタリアの胸元近くまでの高さがあったが、子どもはとても小さかったので、おどおどした上目づかいを向けてきた。
 疑いまではいかない。不安感だろう。
 嘘ではないか、いじめに変わらないか。仮に本当だったとしても、大切な人を奪われてしまわないか。

「神聖ローマはやさしかったよね」
 イタリアは子どもと共通の、そしてイタリアが何よりも確認したい話題を振ることにした。子どもは頷いた。
「もっと花飾りを上手く作れた」
 子どもはまた頷いた。
「だけど、絵はちょっと苦手だった」
 大きく頷く。

「水浴びも一緒にした」
「あのときはおもしろかった」
「歌もうたった」
「ぼくがおうたもせんせいだった」
「こっそり、誰よりも早く起きて剣術を磨いていた」
「ちょっとこわかったけど、かっこよかった」

 追いかけるけど、逃げ足の速い自分に追いつかなくて、結局息切れしていた。それほど身体は本当は強くなかったから。
 立ち止まれば、距離を置いて自分も立ち止まった。心配になった。呼吸を整えた後、彼はいつだって、まっすぐ自分を見た。

じゃあ、一緒になるのは先として、今は手をつなぐだけでいい。

 ややぶっきらぼうな口調だけど、暖かい手がうれしくて、それには応じたことがある。暖かい手が、しばらくすると熱くなって、それが不思議だった。

 だけど、その手の先の顔は。
 あんなに声も、体温も、体験も覚えているのに。どうして。どうして。

「ああ、会いたいな」
「うん」
「会いたい」
「あいたいね」

 彼の目は、空の色だったか、それとも湖の色だったか。

「会って謝らなくちゃ。顔忘れちゃってごめんねって謝らなきゃいけないんだ。あんなに、あんなに」

 頬は白かったのか、小麦色だったのか、そばかすはあったか、細かい傷がなかったか。まつ毛の密度は、耳の大きさは。

「……あのね」
 子どもは頭を覆っていた布をするする解いた。手入れしていない髪ではあったが、滑らかだった。
一面を子どもはじっと見つめた。何を見ているのかはわからないけれど、その視線は子どもなりに、いや、子どもだからこそ真剣だった。
「ぼく、神聖ローマのえをもってるの。ぼくはまたかけるから、あげようか」
 布に描くのは紙より難しい。わざわざそうしたのは、布にしか描けなかったのだろう。
 紙や筆を手に入れるのも困難だった境遇の子どもに、これ以上、何かを取り上げることはできなかった。
 やさしい子なのだ。相手を傷つけるのも嫌で、逃げ出してしまうくらいの。
 それが正しかったかどうかは、イタリアにはわからない。

 だけど、イタリアは思った。
 神聖ローマは、絵と同じ姿をしていないかもしれない。だって、子どもとイタリアだってずいぶん姿が違っている。
 それなら絵を見ても、そのイメージにこれから会う時に左右されてしまうかもしれない。わからなくなってしまうかもしれない。

 イタリアは、子どもの頭を撫でると、布を巻いてやった。最高級のシルクのスカーフを扱うときのように恭しく、丁寧に。こういうことなら、目をつぶったって出来る。
 最後に額にキスをして、じゃあねと別れた。

 いつか会えるかな、と言ったのは自分だったろうか、子どもだろうか。きっと会えるよ、と答えたのもどちらだかわからない。



 訓練から逃げ出した同志を探していたら、森の中ぽっかり古城があった。もはや廃墟に近かったが、造りはしっかりしていたからか、石畳は不自由なく歩けた。
 イタリアはぼんやり欄干に腰かけていた。足をぶらぶらさせている。

「ああ、やっと来た」
「来たとは何だ、サボタージュの上その態度は。戻るぞ」
「ヴェー」

 両腕を伸ばしてきたので仕方なくおろしてやった。ジャンプして下りればいいだろうに、まったくどうしてそうしないのか、つくづく不思議な奴だ。
 子どもを抱っこするような形に一瞬なりながらも、抵抗なく浮世離れした男は地面に降りた。

「何だきょろきょろして」
「いや、今日は待ってないな、と」
 イタリアがきょろきょろするのはいつものことだし、イタリアが意味不明なことを言うのもいつものことだ。そして、俺がそれについて解説を求めるのもいつものことだ。

「待ってるって何をだ」
「……ひみつ」

 だけど、こうやって意味深にするのはこいつには似合わないので、俺はひとつ提案をした。
「さてイタリア。今晩の訓練は、日本が紹介してくれた墓場で一人野営するのと、オーストリアのデザート製作を手伝うのと、ハンガリーとプロイセンの喧嘩を仲裁するのとどれがいいか」
「ドイツのドS!!」

 逃げなきゃいいんだ。逃げなきゃ変なことをする気は起こらないというのに……。と、また逃げようとするイタリアの後ろ襟をつかみつつ、それでもこんなに近くで捕まえていられるように育ったこの腕はとても便利だと痛感した。