優しい闇夜
妙な寝苦しさを感じてプロイセンは目を覚ます。よくある、いつものことだ。
睡眠障害というわけではない、と思っている。ふと何か異変を感じて目を覚ますのは、己をまだ国として認識していない頃から度々あった。
またか、と小さく溜息をついたプロイセンはぐっと伸びをし、眠くなるまで散歩でもするか、とそっと廊下を歩く。やはりこんな時間では皆寝静まっているのだろう。月明かりが差し込む長い廊下を歩けば、ひたひたと足音がする。靴を忘れた、と今更気がついたが、つめたい床の感触は気持ちよかった。
ひたり、ひたり。シンとした廊下に響き渡る音は、どこか今この瞬間世界には自分だけしかいない錯覚を与える。心地良いのか、不安なのかさえわからない。
同じ場所をずっとぐるぐる回っているような気さえして、プロイセンはくすりと笑うが、不意に廊下の端に人影を見つけ、立ち止まる。
「……ロシア?」
「あれ、プロイセンくん?」
人影の大きさに当てずっぽうに名前を呼んでみたのだが、合っていたらしい。ぼうっと窓辺に座って月を眺めていたらしいロシアは、プロイセンに気がついてきょとりと首を傾げる。
「どうしたの、こんな時間に」
「それはお前の方だろ。俺はまあ、目が覚めて」
「そうなんだ。僕は……寝付けなくて、かなぁ」
「かなぁってなんだよ」
困ったように首を傾げるロシアに溜息を吐き、プロイセンは隣に座る。
「寝付けないっていうより、眠れない、のかな。眠りたくない、って言う方が正しいのかも」
「……曖昧だな」
「そうだね。僕もよく……わかんないよ」
頼り無さげに視線を空へ向けるロシアに、プロイセンは己の頭をかきむしった後、ぐい、とその体を引き寄せる。
「プ、ロイセンくん?」
「不安なら、ちゃんと口にしろよ」
戸惑ったようにこちらを見つめるロシアの視線から逃れるために、プロイセンはロシアの頭をぐしゃぐしゃと乱暴に撫でる。痛いよ、とロシアは小さく抗議するが、そんなものは無視だ。
「怖い事があるなら、辛いことがあるなら、ちゃんと口にしろ。俺が聞いてやるから」
「……不安、なのかな。怖いのかな。それもよく、わからなくて」
困ったように笑うロシアに溜息を吐き、ギルベルトは一度ぎゅっと抱きしめてからその体を離す。
「ロシア」
「なあに?」
「今日だけ特別だ。一緒に寝てやる」
「え?」
きょとんとした顔でこちらを見返すロシアにプロイセンは照れたように背を向ける。
「一回しか言わねえよ。来るのか、来ねえのかはっきりしろ」
「わ、待って、行くよ!」
すたすたと廊下を戻り始めるプロイセンを慌ててロシアは追いかける。
ありがと、と微笑むロシアに、なんか言ったか、と聞こえない振りをして二人、静かな廊下を歩く。
あんなにも冷たく見えた月明かりは、今は二人を柔らかく照らし出していた。