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なきたいよ

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死んでも死なない、というのは便利だけれど、時に身体の傷より何倍も深く心に癒えない傷を残すときがある。




【なきたいよ】




どしゃあ、と音無の細い肢体が力無く地面に崩れ落ちる。
それを確認すると、諸悪の根源である天使は姿を消した。
俺は慌てて横たわる音無に駆け寄って、酷く冷たい頬を撫でる。
そうしている間にも音無の刺された腹からは鮮血がごぷりと音をたてて溢れていて、明らかな致死量に至ってるのは分かってるけど、それでも、愛しいこいつが目の前で死ぬということを考えたくなくて必死に音無の傷口を押さえた。


「音無、大丈夫だからな…ッ!」


なにが大丈夫、なんだろう。
そんなのは俺にも分からなくて、ただ目の前で目に見えて生命力の弱っていく音無を助けたくて、そんな証拠もない救済の言葉を吐いた。
だけど俺にはどうすることもできない。
急激に低下していく体温も、徐々に光を失っていく瞳も、地面を赤く染める止まらない血液も、俺にはどうすることもできないでいる。
ただ、音無の頬を撫でて大丈夫と囁きかけるだけ。


「…ひ、なた…」
「いい、喋らなくていいから」


はくはくとうまく呼吸さえできていない音無が、切ないほど掠れて音にさえなっていない空気を、紡ぐ。


「むこ…、い…け、よ」
「…嫌だ」
「す…、もど、…ら」


向こう行けよ、すぐ戻るから。
もはやただの空気の振動でしかないほど小さな音だったけど、俺には聞き取れた。
そうだ、今ここで音無が死んだってものの数時間後にはけろりとした笑顔で帰ってくるに違いない、…だけど。



「音無…?」



ふいに音無の動きが止まる。堅く繋いでいたてのひらが緩んで、力無く地面に落ちた。
おとなし、おとなしおとなし、
何度名前を呼んでも音無は答えなくて、ただ冷たい肢体が横たわっているだけ。


「…おとなし、っ」


少しすれば音無のこの深い傷も消え、あの笑顔が見られるのは知ってる、分かってる、この世界で死ぬことはない。
頭は理解しているのに、心がついていかない。
だって、人が死ぬんだぜ?目の前で大切な人が苦しんで死ぬんだ、そんなの耐えられるかよ。



「早く、起きろな…音無」



音無は眠ったんだ。
そう思えば少しは気が楽になる。
けれど心にはまた、確かな傷が増えた。
なんて酷い世界、身体の傷が癒える代わりに心にはきっと現実以上に辛くて深い傷が刻まれる。癒えない傷が。

なんて、酷い、世界。








end
作品名:なきたいよ 作家名:鈴野