軌跡を辿り見つけた奇跡
(未来捏造)
いつもの風景。
行き交う人々。
当たり前の光景。
毎日通るこの道は、いつもいつも変わらない景色で、少し物悲しかった。
この時間帯にここを通る人間は少なく、通り過ぎる顔は見慣れた顔ばかりで。
ため息。
それなりに充実した毎日だと思う。
それでもたまに、晴れ渡り澄み切った青空を見上げると何故か切なくなる。
手を伸ばしても届かない青空を掴むように無駄なことだと知りながらも、両手はなにかを求めて空を切るような仕種を繰り返す。確かにそこにあった宝物を探すようにがむしゃらに、だけど、その宝物がなんだったのかは思い出せない。
ため息。
そういえば誰だったか、ため息を吐くと幸せが逃げると言っていた気がする。
誰だったっけ。トレードマークのヘアバンドにリボンをなびかせた強気な少女。
見ず知らずの人間なのにどこか懐かしい姿が頭の中に浮かんで消えた。
ため息。
全く知らぬ人間を浮かべて懐かしいなんてどうかしている。そう思いながら歩幅を広げ早足になった。明日は初音の退院の日なんだから、たくさんたくさんお祝いしてあげなければ。両親も、ささやかながらもたくさんのプレゼントを用意しながら笑っていた。
小さな幸せに満ち足りた毎日なのに、なにを物足りないと、物悲しいと思うんだろう。宝物だって、こうして手の平にしっかりと握りしめているのに。
…その瞬間、強い風が吹いた。
目が覚めるほどに吹き抜けた風に、俯いて顔を上げる。視界に入ったのは、人一人いない道を向こうから歩いてくる、青空を切り取ったような髪色をした青年。
それは、手を伸ばしても伸ばしても届かなかった青空そのもので、つい、じっとその青年を見つめてしまった。
「…何?」
「あっ、いや…悪い、なんでもない」
不思議そうに声をかけられ、反射的に目を逸らす。そして、逃げるように彼の横を通り過ぎた。…はずなのに、足が地面に固定されたかのように動かない。
ふと、頭のなかに反響する声。
さっき聞いたこの青年の声なのに、反響するその声は俺が聞いたことのない台詞を愛おしげに、何度も囁きかけてくる。
「音無」「好き」「愛してる」
「…結弦」「俺、お前と離れたくない」
「やばい、大好き」「一緒にいたい」
「なぁ、俺たち生まれ変わってもさ…」
ああ…視界が、涙で覆い隠される。
忘れてた記憶が涙になって溢れてくる。
慌てて振り返ると、そこにはさっきの青年が待ちわびたようにこちらを見ていた。その表情は涙で見えないものの、確かにあのとき最後に見た笑顔そのままに、笑っている。
「ひな…、…ひなたぁ…っ!」
なりふりなんて構わない。涙を拭う時間さえもったいなくて、彼の…日向の腕の中に思いきり飛び込んだ。暖かい、あの世界よりも人間らしいあたたかさが、俺を抱きしめる。少し痛かったけど、その痛みはこの奇跡が事実であることを証明してくれた。
俺は今、日向の腕の中にいる。
大切な宝物は、ここにある。
届かなかった空は、こんなにも近く。
巡って、巡って、やっと見つけた。
end
作品名:軌跡を辿り見つけた奇跡 作家名:鈴野