聞き覚えのある曲
誰もいない放課後の教室。
一人残った生徒に、夕暮れのシャワーが降り注ぐ。
色素の薄い髪は、オレンジ色の光を透かして淡く光を発している。
その光を受けた唇からは、低く、そっと誰かに囁くようなハミングがもれる。
『I pretended not to notice it.
Because I am friend of you,
and there wants to be.』
「水谷。」
不意にかけられた声に、肩を大きく震わせて水谷はヘッドフォンを取った。
「なんだぁ。びっくり、栄口か。」
「ごめん、急に声かけて。」
「ううん。なんかあった?これ、日誌書いたらすぐ部活行くから。」
「ん、俺も日直だったから、一緒に職員室行こうと思って。」
「ホント?じゃあ、すぐ書くから。」
あわてたように日誌に顔を伏せる水谷を、
栄口は、ふわり。と微笑んで見守る。
夕焼けの色に染まった柔らかそうな髪を見つめて、
ポロリ、と先ほどの歌の続きを呟く。
『I am cruel. However, will it be a gentle lie.』
「あれ、知ってるの?栄口。」
水谷が意外そうに顔をあげるのを見て、栄口は薄く苦笑いをした。
あれだけこのアーティストがお気に入りだと騒いでいたのに、
それだからこそ、一小節を聞けばわかるほどに
彼らの歌を聞き込んだというのに。
それでもそんなそぶりを一片も見せずに、
栄口は穏やかに微笑んで口を開く。
「結構聞くからね。」
「意外。栄口もこういうの聞くんだ。」
「そう?結構好きなんだけど。」
「そうなんだ。」
「 好きだよ。」
『何が』
とも、
『何を』
とも言わない。
ただ穏やかに微笑んで、栄口は水谷を見つめる。
ポカン。と顔を上げた水谷に、もう一度栄口は囁く。
「 好きだよ。」
囁いた栄口の唇が、ゆっくりと水谷のものに重なる。
机に落ちたイヤフォンからは、
聞き覚えのある曲が零れていた。