虹
きついきつい一日が終わると、
朝から降り続いていた雨は、
少しだけこぶりになっていた。
「っれしたー!」
『したー!』
和己の声の後に、桐青高校野球部全員の声が気持ちよく重なった。
それに続く『解散』の言葉ともに、皆三々五々散っていく。
一日降り続いた雨のせいで、室内でのメニューのみになってしまったが、
雨の日にしか出来ないメニューというのもあるもので、
練習自体はとても充実していた。
今日も無事に終わったという満足感から、ほっと息をついた和己は
自然と彼のピッチャーを目で探す。
すぐに後輩キャッチャーの背に乗っかるようにしてじゃれ付く準太を見つけた。
「準太、帰ろうか。」
「あ、ハイ!和さん!」
和己が声をかけるとすぐに、準太は子犬が尻尾を振るがごとく
和己に駆け寄ってくる。
二人並んで部室に帰り、着替えて、昇降口を出ると、
小雨だった雨はすっかり上がっていた。
「何だ、上がっちゃったな。」
「っすね。」
あれだけ練習をした後でも、残念そうに二人は呟く。
やっぱり、比べ物にもならないのだ。
晴天の元で追いかける白球の興奮と、室内トレーニングの単調さとは。
「もうちょっと早かったら、グランド整備くらい出来たのになぁ。」
「ですねー。明日は早めに来てしましょうかね。」
「そうだな、皆に連絡しとくか。」
和己がうなずいたとき、準太が驚いたような声を上げた。
「…か、和さん!虹!!」
準太のしなやかな指が指す、アカネ空を見上げれば
確かに。透明で、薄く輝く飴細工のような虹が
橋のようにくっきり、弧を描いて立っていた。
「おー。見事なもんだなぁ。」
久しぶりに見る、綺麗な虹に和己は感嘆する。
そうしてふと、この状況に既視感を覚えた。
茜差す空。
雨上がりの空気。
しなやかな指。
飴細工の虹。
「そういや、前にも見たな。おまえと二人で。」
「…!お、覚えてて、くれたんすか!?」
ぱっと振り返った準太の頬は高潮して、喜びに瞳は輝いている。
それににっこりと笑い返しながら、和己はポン、とその頭に手を載せた。
「覚えてる。準太との思い出だからな。」
和己の手が当てられたところを両手で押さえていた準太は、
感極まったようにプルプルと震えている。
そのあまりに素直な反応に、「マウンドではこうは行かないな。」
と、苦笑いをしつつ、和己は更に言葉を続ける。
「また、一緒に見ような。虹。」
「……!!!は、ハイッ!!!」
準太の真っ直ぐな返事は、
茜さす空と、虹の向こうまで
済んだ音で、綺麗に響き渡った。