雨と猫と僕と彼
「ねえ、そんな畜生にさす傘があるなら、俺にさしてよ」
ほら、その通りだ。猫はすでにいない。しゃがんだままの僕の視界は傘で遮られていて、彼の靴しか見えなかった。声で彼だとわかった。彼の声はよく透る。特に弱った心に。僕は傘をあげ、彼を見た。目が合うと、彼が笑った。いつものいやらしい笑顔ではなく、心底嬉しそうな笑顔だった。
「ちょうど帝人くんに会いたいなって思ってたんだ」
「そうですか」
「だから今会えてすごく気分がいい」
「入ります?」
「うん」
僕は見惚れる。不覚にも、僕はたまに見せる彼の素顔に僕は彼のことが好きなのだと錯覚する。
「帝人くん」
彼が僕の名前を呼ぶたびに僕は眩暈がするほど歓喜する。僕はこの最低な男を愛している。僕は今すぐ彼に傘を押し付け、この雨の中に飛び出したかった。僕は彼とは違い平凡な人間だからそんな勇気はないが。