NeverMore2
部屋の中はあの頃のままで、菜々子ちゃんが掃除してくれたのか、埃っぽさも感じなかった。
明日は、菜々子ちゃんを連れて、みんなでジュネスに行く約束をしている。
だから、もう寝た方がいい。
分かっていても、視線はテレビにすい寄せられた。
もうすぐ深夜12時。マヨナカテレビの時間。
馬鹿馬鹿しい。もう向こうの世界は、霧に包まれていない。
誰かが、テレビの中に落とされることもない・・・
頭を振って、布団を敷こうとした時、
ピーガガッザー・・・
ハッとして、振り向く。
消したはずのテレビから光が漏れ、砂嵐が出現した。
画面の中、ぼんやりとした姿が浮かび上がる。
小柄な体型と、動く度にふわりと揺れる裾からして、ワンピースを着た少女らしかった。
「何で・・・」
その場から動けず、まじまじと画面を見つめていたら、少女は正面を向き、
『アキくん』
!?
反射的に、手を伸ばす。
だが、砂嵐はすぐに消え、真っ黒な画面に俺の顔が映るだけだった。
何で・・・
何が起こったのか理解できず、ぼんやりと立っていたら、
pipipipi・・・
!!
驚いて、ポケットから携帯を引っ張り出す。
画面を見れば、陽介からの着信。
「もしもし!?」
『よお!やっぱ、相棒も起きてたのか。俺も何か眠れなくってさー。遠足前日の、小学生の心境ってやつ?』
・・・・・・は?
陽介の暢気な声に、肩の力が抜けた。
「何だ、陽介か」
『何だって何だよ!俺じゃ悪いみてーじゃねーか!あ、さっきやけに慌ててたし、さては、女の子からの電話を待ってたな?誰から掛かってくる予定なんだよ。天城か?里中か?』
「そんなんじゃないって」
『ほほー。んじゃ、向こうの学校で出来た彼女だな?明日詳しーく報告な、相棒』
「だから」
『わーってるって!俺が話してたら、彼女に誤解されるもんな!じゃ、ごゆっくりー』
こちらに反論する隙も与えず、陽介からの通話が切れる。
これは、明日面倒なことになりそうだと苦笑しながら、テレビを見た。
相変わらずの真っ黒な画面。
先ほどの異変など、無かったかのように。
・・気のせい、だな。
疲れているのかもしれないと、早々に着替えて、布団に潜り込んだ。
翌日。
仕事に行く堂島さんを見送った後、菜々子ちゃんを連れてジュネスに向かう。
菜々子ちゃんはよっぽど嬉しいのか、朝からずっと、ジュネスのコマーシャルソングを口ずさんでいた。
「菜々子ちゃんは、本当にジュネスが好きだね」
「うん!お父さんがお仕事で忙しいから、あんまり行けないけど。今日は、お兄ちゃん達が一緒に行ってくれるから」
「そっか。じゃあ、今日は、いっぱい見て回ろうね」
「うん!」
ジュネスに着くと、まずはフードコートに向かう。
いつものメンバーが一角を占領していて、こちらに気づいき、手を振ってきた。
「相棒ー!菜々子ちゃーん!こっちこっちー!」
「ナナチャーン!クマの隣に座るクマよー!」
「菜々子ちゃん、先に座ってて。ジュース買ってくる」
「うん!ありがとう、お兄ちゃん!」
菜々子ちゃんは、ぱたぱたと走っていく。
その後ろ姿を見送ってから、二人分のジュースを買いに行った。
ジュースをトレイに乗せて戻ると、既にわいわいと盛り上がっている。
学年があがり、新学期が始まり、新しい環境で、新しい人間関係の中、「離れていた時間」が、雪のように静か降り積もる・・・
「で、相棒?向こうで出来た彼女って、どんな子よ?」
陽介の言葉に、我に返った。
「は?お前、何言って」
「ええー!?青葉先輩、私というものがありながら、もう他の子に手を出したんですかー?」
りせの不満げな声に、千枝が呆れた声で、
「『私というものが』って、あんた達、何時の間につき合ってたのよ」
「『もう』ってことは、前科があるのかしら?」
雪子が静かに言うと、完二が目を丸くして、
「ええ!?先輩、二股かけてたんすか!?」
「センセイなら、向こうでもモテモテに決まってるクマね!よりどりみどりクマ!」
「まあ、青葉先輩なら、二股どころじゃ済まないでしょうけれど」
クマと直斗が、とどめとばかりに言い放つ。
「・・・お前ら、俺の人権を無視するな」
「お兄ちゃん、フタマタって何?」
「菜々子ちゃんは、知らなくていい言葉」
菜々子ちゃんの前にジュースを置いて椅子に座り、陽介を睨みつけた。
だが、陽介はどこ吹く風で、
「菜々子ちゃん、今日はどこが見たい?菜々子ちゃんの行きたいとこ、全部案内してあげるからさ」
「ほんと!?あのね、菜々子ね」
菜々子ちゃんが、一生懸命見たいものを説明している間、ぼんやりと視線をフードコート内に向ける。
視界の端に、ワンピースの影が映り、はっとして腰を浮かせた。
「お兄ちゃん、どうしたの?」
振り向いた菜々子ちゃんが、あっと声を上げ、
「何か落ちてるよ!」
立ち上がって、たたたっと走っていき、何かを拾い上げて戻ってくる。
差し出した手の上には、蝶の飾りがついたピンがあった。
「これ、さっきの子が落としたのかなあ?」
菜々子ちゃんの言葉に、「え?」と聞き返す。
「さっきね、ワンピース着た女の子が走ってったの。その子が落としたのかも」
「ワンピース着た女の子か。ありそうだね。どっちに行った?」
千枝が聞くと、菜々子ちゃんは「あっち」と指で示した。
「よーし、子供の足だし、追いかければ間に合うだろ。追いかけようぜ、菜々子ちゃん」
「うん!」
陽介の提案に、全員立ち上がって、菜々子ちゃんの指した方へと向かう。
「青葉先輩、何ぼーっとしてんすか。行きますよ」
「え?あ、ああ」
完二に促され、俺は、みんなの後をついていった。
作品名:NeverMore2 作家名:シャオ