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辞去(最終回後摸造)

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ぼろアパートの玄関はどこも例外なく扉も粗末で、例えば恐怖を煽る張り紙が良く似合うようなデザインを施されている。だが平和島家の玄関にはそれらも含め、紙が張り付けられたことはなかった。
その日は、違った。
いつものように錆びた鍵を押し込めようとした静雄は、控えめに貼られた付箋に気がついた。
そして舌打ちを一つすると、玄関に背を向け、気が逸るままに駆け出した。




恐らくこの街で折原臨也を知る者はいない。
臨也は、己が仕掛けた戦争に負けた。
そして、池袋からも新宿からも姿を消した。
生きて戻ってくることはないだろうと帝人は言った。次に東京湾から引き上げられる死体は臨也だろうと新羅がふざけて泣いた。彼を知る人々にはただ虚しさだけが残り、池袋は平穏を取り戻した。
もうこの街で折原臨也を知る者はいない。
自動販売機が壊されることは無くなった。標識が引き抜かれることもなくなった。ガードレールが紛失することも、もう二度と無い。
臨也は消えた。まるで初めから決まっていたかのように、霧のように、煙のように。
何も残さず。




『俺がどこに居るか分る?』

黄色い付箋に殴り書きで散らばった文字は、確かに馴染みのある癖字だった。理由はわからないが、すぐに臨也の居場所が頭に浮かんだ。
すっかり新しくなってしまった廊下を大股で走り、白い引き戸を勢いよく引く。
赤く染まった教室に、グラウンドから甲高いホイッスルの音と、カバディの特徴ある掛け声が喧しいほどに届く。
落ちかけた日が、久しい姿を黒く染めた。
「ああ、早かったね」
掠れた声が静雄を歓迎する。
前列、中央の席に陣取った臨也は軽く手を上げ、静雄を手招きした。
「お久しぶり」
「・・・死に損ないが」
「酷いな、その言い方は無いんじゃない?」
乞われるままに隣の席に腰を下し、静雄は乱れた息を整えた。頬杖をついた臨也の表情は逆光で伺うことができず、上がる笑い声は乾いていた。
「・・・どうして分ったの」
窓に顔を向けた臨也が、力なく疑問符のない疑問を投げかける。
「知るか」
「うわ、即答」
小刻みに揺れる肩越しに、不意にあの頃の風景が蘇った。
窓際の席は臨也の定位置で、彼がそこから動いた所を見たことがない。その周りから女が途切れたことも、恐らく無かった。
天気がいい日は授業中でも構わず外を眺め、時折眩しげに眼を細めていた。チャイムが鳴ると手招きするのだ、―シズちゃん、今日は天気いいから喧嘩はやめにしようよ。たまには日向ぼっこでもしてみたら?野蛮なくせに肌ばっかり白いんだから。
夕焼けを切り取った窓に青空が広がる。僅かな隙間から、焼けた砂の匂いが流れ込む。
「長居しすぎたかな」
静雄の感傷を引き剥がすように、臨也が勢いよく立ちあがった。ワックスが剥げかけた床に四足の椅子が五月蝿く擦れ、耳障りな音を立てる。
顔は、見えなかった。
「じゃあね、シズちゃん」
身を翻し、黒い影が静雄に背を向ける。臨也が横をすり抜けた後、静雄は慌てて振り返った。
「待てよ!」
細い背中が立ち止まった。
「手前、・・・・・どこ行く気だよ」
絞り出した声が震える。理由もなく感情が昂り、ああ、寂しいのだと、静雄は漸く気付く。
臨也は首を緩く横に振った。
「白状するよ。来神が懐かしかったんだ。俺もおっさんになっちゃったなあ」
窓の外の歓声が消え入りそうな語尾をかき消した。
「安心して、もう池袋には戻ってこないよ」
ガラガラと白い扉が引かれる。
心なしか一回り小さくなってしまった背中が薄闇に溶ける。
臨也は何も残さなかった。暗い教室に、静雄だけが取り残された。
「・・・・・・・クソッ」
虚しさが胸に空いた空洞を押し広げる。
ずっと抱いていた苦い痛みが、固い音を立てて机に落ちた。
日は、もう落ちていた。




辞去




(ながい、ながい、ながいさようならを、きみに)

作品名:辞去(最終回後摸造) 作家名:六花