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ボール

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「う、お。」

とても義務教育を終えた人間の口から飛び出すものとは
思えないような奇声が花井の耳を打つ。

奇声の元は同じチームの三橋廉。
えらく気弱で、おどおどしていてそれでもって
途方もなく野球が好きな西浦のエースだ。

今、彼はいつものようにごそごそと制服のおなかから
マイボール(いつもそこに入っている)を取り出すと、
丁寧に丁寧に磨いていたのだが、ふと手を滑らせて
取り落としてしまった。

妙な方向に転がってしまって、ボールはちょうど
三橋から死角の位置に来てしまった。
遠くから一部始終を眺めていた花井からは
ボールはしっかりと確認できる。

ここにあのおせっかいで、彼にべた惚れなキャッチャーが
いれば、目を怒らせ口を緩ませながら食堂の床に手をついて、
ボールを拾ってくれただろう。

しかし自分は彼の女房役でもなければ、同じクラスでもない。
しかも今、花井と三橋の間は若いエネルギーを食欲へと集中させた
高校生どもでごった返している。

押し分けてわざわざ拾ってやるのも変な話だ。

『さて、どうしたものか。』

苦労人の主将らしく、拾いに行ってやろうかと腰を浮かしたそのとき、
三橋の肩を軽くたたく人物がいた。

ジーンズの上に、ゆったりとしたワンピース。髪はミディアムショート。
栗色の髪を揺らすその影を見て花井は、ストンと元の席に腰を下りろした。

『何だ、クラスの女子か。』

三橋達のクラスに連絡に行ったとき、何度かみたきがする。
きょろきょろと挙動不審な動作を繰り返す三橋を見かねたのだろう、
どうかしたのかと声をかけてくれたようだ。
それに対して三橋は「う。」とか「え、お。」とか、しどもどに対応している。

『…おいおい、大丈夫かぁ?』

話しかけられたことにより余計に混乱状態に陥ったのか、
三橋は遠目にわかるほど更に挙動不審となった。
仕方ない、助けるか。と、花井がまたしても腰を上げたそのとき、
低いがよく通る声が耳に入ってきた。

「何してんの、三橋。」

「お、あ、あ、あべく…。」

まさしく女子と三橋の間に割り込む感じで登場したのは、
三橋の公私混同型女房役である、阿部だ。

阿部の登場で少しは落ち着くと思われた三橋は、
まだおどおどと腹の辺りをニ三度まさぐった。

『あーあ…また阿部が切れる…。』

ぞ。と花井が苦笑いをこぼしたそのとき、
阿部がなんでもないように『ああ。』と言って
食堂の床に張り付いた。

「人がいるとこで磨くなよ。あぶねぇだろ。」

なんでもないことのように言って、手にしたボールを三橋にほうる。
三橋はもともと大きな目を更にまん丸にして、
受け取ったボールを国宝のように大切に抱きかかえた。

「あ、あっ、阿部く…!ありありあり…。」
「いーって、っと、あんたも悪かったな。」

隣で立ち尽くしていた女子に、阿部が軽く頭を下げる。
三橋もその存在を思い出したのか、つっかえながら礼を述べる。

「あ、ああありがと…。」
「いいいよ~。私何もしてないし。阿部君さすがだね。」

女子に褒められ阿部と三橋顔を見合わせると、

『イ ヒ』

という感じに笑った。


「あーあー。参っちまうよなあいつらはよ。」
「参っちまうのは花井、お前のほうだと思うぜ…。」

花井のズボンに広がる、カレーのしみを見つめて
水谷がうんざりと呟いた。







作品名:ボール 作家名:空太