悲哀と歓喜のコントラスト
「なあ、楽天の反対が厭世ってしっとった?」
はあ、と相槌だけ応えた光は心底興味ないという顔をしとった。
「そんなん、どうでもええっすわ」
「光、厭世の意味分からんのやろ?」
「・・・うざ」
そやなあ、光はまだ中2やもんなとわざとらしく笑ってやったら、わき腹を容赦なく蹴られた。光のしなやかに伸びた綺麗な足がしんじられんスピードで俺の体に叩き込まれる。浪速のスピードスターもびっくりっちゅー話や。
「いってえええ!なにすんねん!」
「あんたが大人げないんっすよ」
じんじんとわき腹は痛む。こいつ、本気で蹴りやがった。痛みはじわじわと熱をもち襲ってくる。たまらず、俺はわき腹をさすった。こないなことしても、痛みがやわらぐわけやないのにな。光は、ははっと笑って、ベッドから身を乗り出し、俺の肩に顔をのせた。
「まだなんすか、それ」
「お、まえなー…あとちょっとや、まっとれ」
わしゃわしゃと光の頭を撫でてやれば、やめや、という小さい声が聞こえた。
「楽観の反対が、悲観」
「悲観って?」
「世の中は悪と苦が満ちているっちゅう考え方のことや」
なんて悲しい思考。俺は楽観やな、確実に。世界はええことだらけや。
「お、光、理想の反対は?」
「…現実」
「正解や!」
また乱暴に光の頭を撫でてやった。今度はされるがままやった。光は、俺の肩から動こうとしない。光のひんやりとした体温は、心地よいし、好きやった。頭を撫でていた腕をそのまま、光の耳に這わす。なんすか、と低い声で呻られたが、ちょっと笑って、触り続けた。こいつの耳は、案外きもちい。
「理論の反対は、実践、と」
「…まるで、謙也さんと俺みたいや」
「ん?なんやねん、それ」
光の顔を覗き込むと、真っ暗な、無表情だった。
「冷淡の反対が、親切、これも俺と謙也さん」
「…光、」
「あんたは、世界は楽しいことだらけなんて思っとって、俺は、世界は苦しい、底なし沼みたいな地獄やと思っとる」
ひかる?
「謙也さんの理想の俺と、現実の俺は違う」
至近距離で向かい合うと、光の冷たい目の中に目を見開いてまぬけな顔の俺がうつっとった。そして、光が悲しそうに笑った。眼球が揺れる。光の目の中の俺も、ぐにゃりと揺れた。
「謙也さん、俺に好きなんて言わんといてください」
あんたのきれいなこころのなかにおれなんておったらあかんのです。おれとあんたはせいはんたいでかんがえかたもとらえかたもせかいのみえかたもちがう。わかっとります?けんやさん、あんたのなかにおれなんてにんげん、おったらだめなんです。
光は、泣きそうだった。いつもの調子とは大きく違う、涙声だった。
「光」
ねえ、けんやさん、おれにはせかいがはいいろにみえる。なにもかもにごっとる。ぜんぶひえきっとるんです。くらいこわいくるしい。このせかいなんて、このみっつのことばでじゅうぶんっすわ。でも、あなただけはあざやかやったんですよ。あなたのまわりはいつもいろであふれとって、おれ、うらやましかったんや。けんやさんにすきっていわれて、せかいがなないろにみえるようになっとった。でもな、けんやさん、おれはやっぱつらいんすわ。はんたいなんすよ、きっと。おれのせかいがあざやかでしあわせなら、きっとあなたのせかいはどんどんにごっていってまう。ふこうになってしまう。そうでしょ、せいはんたいなんやから、おれたち。
「好きなったら、あかんかったんや」
そして、光はやっと泣いた。
「おまえ、あほか?」
「・・・でも、」
「俺は、おまえに会うまでの俺のことなんか、事細かに思いだせんで?」
「・・・は、」
「やけど、お前と会って、一緒にテニスして、好きになって、付き合って。俺は全部思い出せるで、鮮明に。そんなん、お前がおったからや。なに言うてんねん、あほ。正反対がなんやねん。そんなん、同じなわけないやろ。俺と全部一緒のお前なんて、お前やないやん。気色悪いわ。正反対のどこが悪いん、なんで一緒におったら、俺が不幸になるんや。おかしいで、なあ、光。」
光の頭ごと抱きしめて、ベッドから力づくでひきずりおろした。わわ、とバランスを崩す光を体で受け止めて、ぎゅうぎゅうに抱きしめた。ほんま、こいつあほや!
「不幸になるなら、一緒に不幸になればええ」
「・・・っ」
「そんなのは、全部一緒にすればええ」
泣け泣けこのアホンダラ。
「だいすきや、光。それだけやったら、だめなんか?」
「…、だめ、やない、」
肩に埋められた顔から、おれもだいすきや、と聞こえた。
「俺はしあわせや、世界はきれいで、たのしいこととうれしいことだらけや」
光は、どうなん?
「俺も、や…!」
「そか」
お前が不幸なら、俺も不幸になったるし、俺が幸せなら、お前も幸せにしたる。
(そのかわり、俺の不幸は俺だけのもんや)
「すきやで、光」
(これが、愛しとるってことなんかな)
作品名:悲哀と歓喜のコントラスト 作家名:岡口