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血と赤ワイン煮込んであげる

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『血と赤ワインで煮込んであげる』



「う、痛い!痛いっつってんだろザギ!聞けこの馬鹿が!」
「ああ、美味い。美味いなぁ、お前の血は。いつ味わっても良い味がする。最高だ!」
「聞いてねーし…」

 はあ、と溜息を吐いた強張っている力を抜く。
 辛うじてザギの胸板を押していた左手と、剣を握っていた右手の力も抜く。
 全身の力を抜けば、ザギの牙はなお深く食い込んだ。痛い痛い痛い。呻いても、完全無視だ。

「お前これどうすんだよ…。こんなきったない跡つけやがって。お姫様に見せたら卒倒されんぞ」
「はっ!一生残るかもなぁ」
「かも、じゃなくて残るだろ。こんな傷跡、誰にも見せられやしねぇ。治癒術でなけりゃ跡も残さず治すなんてのは無理だってのに」

 左の首筋。肩と首のちょうど間。そこを、ザギに盛大に噛み付かれた。
 血液だけならまだしも、肉までもっていかれてそうなところが怖い。こいつならやりかねない。
 ずきりずくりと傷口は激しい自己主張をし、血液を垂れ流す。その垂れ流しの血液を、ザギはとても美味そうに啜る。ぷんと香る鉄の匂い。ずるずる、じゅるり。生々しい音が耳に響いて、背筋が気持ち悪くなる。

「くくっ、はははっ!」
「ザギ、ザーギ。おい、たまには俺の意見も聞いてくれ」
「なんだ?」

 ぱ、とザギが肩に埋めていた顔をあげた。自分の口周りについた俺の血をべろりと舐め上げ、至極ご満悦な表情。
 それよりなにより、俺はザギが珍しく素直に此方の言葉に耳を傾けたことに驚いて、目を見張った。こんなことは初めてだ。思っていたよりも今日はハイになっていなかったのか?いや、そんなことはない。絶対にない。

「なんだ、ユーリ」
「えーと…」

 聞いてくれ、とは言ったものの、実際聞かれると思っていなかったので言いたかった万の言葉を頭の何処かに置いてきてしまった。
 ザギは俺が続きの言葉を発するのを待っている。理性的な対応だ。こんな対応を見せられると、罵倒の言葉はなりを潜めてしまう。困った。

「……お前、血が好きなのか?」

 困った末に出た言葉は、なんとも間抜け。
 ああ、こんなことを言いたかったわけじゃないんだ、という言い訳の言葉すら出て気やしない。痛みが原因の脂汗は引いたが、代わりに冷や汗がじっとりと背中を濡らした。

「ユーリの血は、好きだなあ」

 にぃ、とザギが嗤う。鳥肌。よって身震い。咄嗟に肩の傷口を手で押さえた。ばしん、と思い切り抑えたため、激痛が走って呻き声をあげる。「その声も好きだ」というザギさんからのお言葉。嬉しくも何とも無い。俺の表情が引き攣ったのが、自分自身よく分かった。

「ザギ、おれはお前のせいで朝食を食べてない」

 こいつと話すのに手ごろな話題など端から持ち合わせていない。けれど、今日のザギはらしくないから、何となく、本当に何となく、他愛も無い話題が頭のなかに降って湧いてきた。何言ってんだ、俺は…。

「しかももうすぐ昼。ずっと戦いっぱなしで腹が減った。眩暈がする」

 眩暈がするのは、出血多量かもしれないが。

「赤ワインたっぷりで煮込んだ肉料理を作ってやる。だから、一時休戦。俺は疲れた」

 狂気の宿った目じゃない。常人の静かな目で、ザギが俺を見る。慣れない視線に居心地の悪さを感じて、俺は目蓋を伏せた。疲れたというのは、本音だ。

「ユーリが作るのか」
「当たり前だろ。なんだったら、お前の分には今駄々漏れになってる俺の血を混ぜてやるよ」

 にやりと笑う。と、ザギがユーリの血が好きだと言ったときと同じ表情で嗤った。また鳥肌。半分冗談半分本気で言った言葉は、100%本気で取られたらしい。うえ、俺だったらそんな料理お断りだ。料理するときに生き物の血はつきものだが、わざわざ人間の血をいれたいだなんて思わない。

「それはいい!」

 嬉々として剣をおさめたザギは、へたりこんでいた俺の腕を掴んで引き上げた。痛い。だから痛いんだって。そういう強引なところは直せ、ザギ。


 傷口を止血しつつ下町へと帰る途中で、ザギが「ユーリの料理には俺の血を入れてやろうか」と言ってきた。全力でお断りをした。俺にそんな趣味はない!