夕暮れ
それに初めて行きあったとき、四木はそんな警句を思い出した。
空は濃い赤と闇のグラデーションだった。雲も赤と闇色を混ぜて、夕焼けの終わる空を彩る。
人通りの絶えた公園で、男は奇妙な心地を味わっていた。
いつも賑わいの絶えない場所、というわけでもないが、本当に人っ子一人の気配すら絶えたようなその場所の雰囲気。それでいて、背の高い木立や生け垣が微かな風にざわめいて、まるでそこに何かが潜み、息を殺してこちらを見ているような。
灯った街灯の明かりに浮かび上がるように、その子供はいた。
何の変哲もない、小柄な少年だった。
少年とはいっても中、高生にはなっているだろう。肉の薄い、骨の細そうな身体。中学生だろうか。
夕闇の僅かな光を受けて、大きな丸い瞳がこちらを見ている。
四木もその瞳を見ていた。
特に前後の事情も無い、この状況に至ったのには、全く脈絡が無かった。
何の気無しにぶらりと立ち寄った公園。少しだけ、待ち合わせの時間に余裕があった。
人影が無い中、目の前から歩いてきた人影に、何気なく目を遣った。
そのくらいのこと、誰だってよくやる動作だろう。ここで視線がかち合って、その瞳から目が離せなくなること以外は。
蛇に睨まれた蛙、などという慣用句を用いる程緊迫した状況では無い。微妙な空気だ。
ただ、正面から見つめ続ける瞳の色は、薄暗がりの中にも複雑な色合いをしているのが分かって、なかなか印象的だった。見ていて飽きない。
以前、眼球をコレクションする収集家の話を聞いたことがある。四木はそれを思い出す。
今ならばその収集家の嗜好を理解出来るかもしれない。そんなことを思った。馬鹿げている。
黒と茶の中に、灰色とも青とも付かない光が見える。
夕闇の頃出歩くと、魔性に出会う。
自分はその魔性に出会ってしまったのかもしれない。
見つめていた瞳が細められて、光が歪む。
少年が笑ったことが分かった。
(たしか、行き遭った魔性には笑い返してはいけなかった)
柔らかな微笑みだった。無邪気な、向けられる者を全て肯定し許してしまうような笑顔。
「こんばんは。」
「・・・こんばんは。」
ためらいがちな声に条件反射で返答しつつ、微かに口角をつり上げて、四木は獰猛な笑みを返した。
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「遅かったですねぇ四木さん。なんかありましたか?」
指定した時間に少し遅れて、赤林との待ち合わせ場所に着く。
問われた四木はちろりと視線を赤林の方に投げると、
「いえ、ちょっとお化けに遭ったかと思うようなことがありましてね。情けなくも肝を冷やしました。」
一瞬不思議そうな顔をした後、赤林は悪戯小僧のように笑う。
その笑みを受けて、四木は乗り込んだ車の車窓から、完全に闇に沈んだ空を見上げる。
人工の光が輝く街の上に、たゆたうように薄い雲を流した夜空が覆い被さっていた。月は見えない。
「ちょうど逢魔が時とかいう時間帯ですしね。どんなお化けに遭ったんです?」
面白そうに赤林が聞いた。
「お化けではなかったんですが、魔性ではありそうなものでしたよ。」
END